ブルースター / Tweedia
 数日後、病院の階段で彼と鉢合わせした。彼女の見舞いに訪れ、彼は帰るところだった。お互いに驚いたが、私は会釈をして通り過ぎようとして、呼び止められた。安原さん、と。
 そして間を置かずに、柔らかで潤いのある彼の声が私の耳に流れ込んだ。

『今、加藤に、安原さんに宛てた手紙を渡しました。お返事を頂けたら嬉しいです』

 そう言って彼は微笑み、階段を降りていった。
 だが、加藤さんに託された彼の直筆の手紙を見た時、私は少し後悔した。
 筆で書かれた手紙は美しい文字で、達筆で、私は読めなかったのだ。なんとなくで読み進めていたが、おそらく『手紙のやり取りで交流を深めましょう』という意味合いの言葉が書いてあったのだと思った。

 私は返事をすぐに書いた。正直に『読めません』と。
 字はお世辞にも綺麗とは言えない上に読めませんと書かれた手紙を読んだ彼は、私を頭の悪い女だと思うだろうな、せめてペンで書いてくれればよかったのにと、イケメンの彼を思い浮かべながら私は返事を書いた。ひとつの疑問は伏せて。

 それから一ヶ月経っても返事は来ず、入院していた加藤さんはすでに退院していたこともあって忘れかけていた頃、彼から連絡が来た。
 電話口の向こうの彼は穏やかな声だった。

藤川(ふじかわ)です。ご連絡が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。お手紙を頂き、ありがとうございます。実はまた横浜へ行くことになりまして、ぜひお会い出来ないかと。いつが、ご都合がよろし――』

 矢継ぎ早に話を進める彼についていけず、電話口で咄嗟に彼のペースを止めた。私は一方的に話され困惑したと同時に興味を持った。いったい彼は誰なのだろう、と。

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