弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる
「よろしくないですね……匂いが薄れていればよいのですが、人の鼻にはそれがわかりませんからね……」

 問題の商人たちは、町民たちに「そいつを捨ててこい」と言われ、だが、商人たちは「特にここまで問題がないんだから大丈夫だろう」と言い張る。確かに、ギスタークの毛皮も角も、高額で取引されていることをミリアは知っているが、しかし、それらは自然死したものを運よく拾った場合に限っている。それに、ギスタークの体からその「匂い」が発されるまでの時間差は、個体によって違うのだ。

「……!」

 その時、ミリアの背筋に何か冷たいものが走った。それは、彼女が騎士団長として人々を率いていた時に何度か感じたことがある「予兆」の一つだった。彼女は、ポケットからホイッスルを取り出して吹く。それは、警備隊のメンバーを集めるためのものだった。

 人々はその音にぎょっとして動きを止める。それとは反対に、数人がその音を聞きつけてミリアのところに集まって来た。それから、少し遅れてヘルマもやって来る。

「ギスタークの群れがこの町に向かっていないか、確認をしたい。北と西の入口から出て、それぞれの森のあたりに異変がないのかを見て来てくれ。わたしはその死骸を南側に捨てに行く。ヘルマはまずわたしの馬を連れて来て、それから集まって来た者たちを三か所に分けて派遣しろ。武器は剣ではなく分銅、あるいは木刀だ。おい、今すぐその死骸を布で包んで、空の荷台に乗せろ。わたしが馬に乗ってそれを捨ててくる!」

 普段の彼女からは想像がつかない、あまりにもはっきりとした高圧的な物言い。人々はしばしぽかんとしてから、素直にそれに従って荷台を持って来た。何故なら、人々はみなその死骸を捨ててこい、と言っていたわけだし、だが、自分がそれをするのは危険だと思っていたからだ。ただ、商人たちは最後まで「わたしたちが狩って来たものだ!」と言い張って、その死骸を手放そうとしない。

「この町で商売をするために来たのだろう。だが、今、それを手放さないとお前たちはこの町の人々から敵だとみなされる。今こうしている間にも、ギスタークがこちらに向かっていたらどうする?」

「し、しかし……」

「早くしろ! 今なら、わたしが持って行ってやる!」

 ミリアのその剣幕に押されて、商人たちは舌打ちをしながらも仕方なくギスタークを荷台に移動させた。その間にヘルマが馬を連れて来たので、それに括りつける。

「嫌な予感が当たらなければいいが……ヘルマ、後を頼んだ!」

「はい! すぐに、みなを派遣します!」

 ミリアは一人でギスタークを括りつけた荷台を馬に引かせ、町中を走る。ちょうど、町長が役所から出て来て「ミリア!?」と叫んだが、今は話をしている暇はない。人々は、ギスタークの血が流れ出たところを「これも拭かないといけないぞ!」と大慌てだ。

 ヘルマは、彼女も持っているホイッスルをもう一度吹いた。それを聞きつけて、更に警備隊に参加をしている者たちが集まり、彼女の指示に従って人々は3か所に振り分けられ、また、5人ほどは町の中央で待機を命じられた。

 荷台を引く馬のスピードは少しばかり遅い。だが、帰りのことを考えずにとにかく早く町から離れなければ……ミリアはそう思い、ひたすら急いだ。
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