精霊の恋つがい

1話

<プロローグ>

〇パーティ会場(昼間)

洋装と和装のまじったゲストたち。

桃色の着物を着た菜花(なのか)は飲み物を頭からかぶって汚れている。
結い上げていた髪はぐしゃっと乱れ、着物はシミになり、周囲から嘲笑され、うつむく菜花。

菜花(恥ずかしい。もう帰りたい……)

必死に涙をこらえる菜花。
すると誰かが声を上げる。

男子1「千颯(ちはや)さまだ!」

白銀の髪に紺の和装姿の千颯が現れ、周囲がどよめく。

女子1「パーティに顔を出されるのはいつぶりかしら?」
女子2「今夜、千颯さまは【つがい】を選ばれるみたい」
女子3「誰が選ばれるのかしら?」
女子4「やっぱり大手毬(おおでまり)家の咲良(さくら)さまじゃない?」

赤い洋装ドレスを着て腕を組み、笑みを浮かべる咲良。
千颯を見て泣きそうになる菜花。

菜花(こんな、格好じゃ……)

うつむいてぎゅっと目を閉じる菜花。
千颯はゆっくりと咲良と菜花の方向へ歩いてくる。
話しかけようとする咲良を無視して菜花へ近づく千颯。
驚いて菜花を凝視する咲良。

千颯「菜花」
菜花「え?」

顔を上げてまっすぐ千颯を見つめる菜花。
冷静な顔で告げる千颯。

千颯「君を正式に俺の【つがい】にするとここで誓う」

周囲にどよめきが走る。

男子1「うそだろ? どうしてあの子が?」
男子2「無能だって噂だよな?」
女子1「何かの間違いでしょ? だってあの子、空木(うつぎ)誠人(せいと)の【つがい】じゃなかった?」
女子2「そっちは解消したらしいわよ」

複雑な顔で目をそらす誠人。
じろりと菜花を睨みつける咲良。
複雑な表情で千颯を見つめる菜花。
冷静な表情で菜花の髪に触れる千颯。

千颯「誰にやられた?」
菜花「ごめんなさ……」

困惑する菜花を見て、目を細める千颯。
そして突如、菜花を抱き寄せる。
周囲がざわめく。

菜花「ち、千颯くん」
千颯「心配するな」
菜花「え?」
千颯「もう大丈夫。俺がそばにいるから」

千颯の腕の中で、堪えていた涙があふれる菜花。
菜花を抱きしめたまま、周囲を睨むように見つめる千颯。
そして、全員の前で彼は宣言する。

千颯「全員よく聞け。俺の【つがい】は雛菊(ひなぎく)菜花だ。今後、彼女にこのような真似をしてみろ」

どきりとする女子たち。
驚愕の表情で傍観する男子たち。
彼らを睨みつける千颯。

千颯「雪柳(ゆきやなぎ)家の龍神がお前たちに報復をする」

千颯の銀髪が揺れ、風が起こり、彼の背後に巨大な龍の幻影が現れる。
その威圧感に圧倒され、悲鳴を上げながら恐れおののく者たち。
菜花が顔を上げるとそこには涼しい顔をする千颯。
涙がこぼれ、安堵の表情を浮かべる菜花。


<1話>

〇学校の裏庭(昼)

『それは3ヵ月前のこと』

バシッと弁当箱を地面に叩きつける誠人。
弁当の中身が土の上に散らばる。
呆然とする菜花の前で、彼が怒鳴りつける。

誠人「毎回毎回、何度言わせるんだ? お前は底なしのクズだな」
菜花「ご、ごめ……なさ」
誠人「無能のお前を俺が養ってやってるのわかってんのかよ?」
菜花「は、はい……」

震えながら弁当を拾おうとする菜花を見て、にやりと笑う誠人。
彼は菜花の髪を掴み、無理やりぐいっと顔を上げさせる。

菜花「痛っ……!」
誠人「せっかく俺がお前を【つがい】に選んでやったのに、お前は弁当もろくに作れないのか?」
菜花「ごめんなさい……材料が、少なくて……」
誠人「はっ!? だったらバイトでもなんでもして材料費稼いでこいよ。お前、なんのために生きてんの? 俺がいなかったらお前生きていけねぇよ?」
菜花「すみ、ませ……」
誠人「ちっ……役に立たねぇな」

菜花を突き飛ばす誠人。
その反動で地面にべしゃりと転ぶ菜花。
その先に水たまりがあり、制服が泥だらけになる菜花。

誠人の背後にいる数人の男女が面白そうに笑っている。

男子1「おいおい、そのへんにしてやれよ、誠人」
女子1「かーわいそー。でも自業自得」
女子2「ほんと、お弁当のおかずが煮物ばっかり。昭和かよー」
男子2「お前も苦労するなあ、誠人。こんな出来損ないを【つがい】にして」

同情の声をかけられた誠人は困惑の表情で苦笑する。

誠人「まあ、仕方ないさ。俺が助けてやらねぇと、こいつ何もできないからな」

菜花を足蹴にして見下ろす誠人。

誠人「おい、明日はもっと肉を詰めてこいよ。からあげくらいできるだろ?」
菜花「……わ、かりました」

ふたたび菜花の頭を掴んで顔を上げさせる誠人。

誠人「本当はこんなことしたくねぇんだよ。ぜんぶお前のためにしてるんだ。俺のやさしさだぞ。わかるか?」
菜花「……はい」
誠人「俺がちゃんとお前を躾けてやるからな。俺の言うこと聞いてりゃ、お前も能力に目覚めるだろうよ」
菜花「……あ、りがとう、ございます」

ふたたび菜花の頭をべしゃりと地面に叩きつける誠人。

誠人「行こうぜ」

仲間たちと立ち去っていく誠人。
しばらく地面に伏していた菜花は誰もいなくなってからゆっくりと体を起こす。
全身泥だらけだ。もう教室へ戻る気力がなかった。
しかし、菜花は安堵している。

菜花(よかった。今日は殴られなかった)

菜花は弁当箱を拾って袋に入れると、誰にも言わずに学校を出た。


〇帰り道・森の中

鬱々とした表情でとぼとぼ歩いている菜花。

菜花(どうしよう。制服これしかないのに、明日までに乾くかな?)
菜花(お父さんが帰ってくる前に洗濯しなきゃ)

学校でいじめにあっているなんて、父には言えない。

菜花が通っているのは精霊師を養成する特別な学校。
精霊師の血筋で生まれた菜花は雛菊家の当主である祖父の命令でこの学校に入学させられた。
それが一般人の父と暮らすための条件だった。
もしそれができないなら、強制的に雛菊家に連れていかれてしまう。

小学校の頃まで両親と3人で幸せな日々を過ごしてきた。
母が亡くなってから、祖父に無理やり養子縁組をされて雛菊家に連れていかれた。
中学の頃、雛菊家で暮らした日々は地獄だった。
厳しい祖父に怒鳴られながら精霊術の訓練を受けたが、まったく能力が開花しなかった。
使用人たちも呆れ、菜花を見下すようになった。
そんなときに父が迎えに来て、菜花と一緒に暮らしたいと訴えた。
祖父は精霊師の学校へ行くことを条件にそれを許した。

自由を手に入れたと思ったが、それよりも過酷な生活が待ち構えていたのだった。


ざわっと森の木々が騒々しい音を立てる。
びくっと震えあがる菜花。

菜花「え? やだ……もしかして、邪霊?」

邪霊とは見境なく襲ってくる人の姿を持たない化け物だ。
精霊師は精霊召喚をおこなってこの邪霊を退治する。
しかし菜花はほとんど力を持たない。

菜花(こんなところで邪霊に出くわしたら死んでしまう)

昼間にはめったに姿を現さないのに、たまにこうして現れる。
菜花は必死に走って逃げる。

菜花(どうか、どうか……邪霊に会いませんように!)

その直後、菜花の目の前に巨大な黒い影が出現する。
衝撃で目を見開き、硬直する菜花。

菜花「あ……うそ……だれか」

邪霊はにょきっと腕のようなものを伸ばして菜花の首を絞める。

菜花「うっ……ぐうぅ……」

邪霊はもう片方の腕をナイフのように鋭く尖らせて菜花を刺し殺そうとする。

菜花(死にたくない……!)

神経を集中させて精霊術を行使する菜花。
力いっぱい声を張りあげる。

菜花「顕現(けんげん)せよ、渦水流月(かすいりゅうげつ)

水の渦が邪霊を包み込んで菜花の首に巻きついた腕が一瞬怯む。
菜花はその隙に逃げ出すも、すぐに邪霊の腕が足首に巻きついた。
顔を上げると、さらに巨大化した邪霊の姿。

菜花(だめだ……)

邪霊が菜花に覆いかぶさる。

菜花(お父さん、お母さん!)

次の瞬間、強い風が吹いて邪霊を横に薙いだ。
邪霊は真っ二つになる。

千颯「風翔光刃(ふうがこうじん)

邪霊がちりじりになってあたりに静寂が訪れる。
頭を抱えていた菜花は恐る恐る顔を上げる。
そこには銀髪の少年。
同じ学校の制服を着ている。
しかし菜花が知らない人だ。

千颯「今のは雑魚だぞ」
菜花「……ごめんなさい。力が、弱くて……」

千颯はため息をつき、菜花の手を引いて起こす。
そして彼はいきなり菜花に顔を近づけた。
驚き、硬直する菜花。
眉をひそめる千颯。

千颯「力が弱い? そんなことはない。君は結構強い霊力を持っている」
菜花「えっ……?」
千颯「覚醒していないのか。まあ、いいや」

千颯は菜花から離れる。

千颯「これから学校? それとも家?」
菜花「えと……家に、帰ります」
千颯「じゃあ早く帰れ。今なら邪霊の<気>はない」
菜花「あ、ありがとうございます」
千颯「名前は?」
菜花「わたしですか? 菜花です」
千颯「俺は千颯」

そう言って菜花の頭をくしゃくしゃと撫でる千颯。
急なことで恥ずかしくなり、目をそらす菜花。

千颯 「気をつけて帰れよ、菜花」

笑顔を見せる千颯。
その表情にどきりとして真っ赤になる菜花。

千颯はトンッと地面を蹴って飛びあがる。
そのまま彼は木から木へ飛び移りながら去っていく。

菜花「すごい。()べるんだ」

胸の高鳴りが収まらず、しばらくその場に立ち尽くす菜花。

菜花「綺麗なひと……」

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