いつまでも、側に。

Ⅸ. 大丈夫


5月。先輩の家にお邪魔した。

“あの時の約束”を叶えるためだった。


先輩が用意してくれた紅茶とお菓子を片手に、映画を観た。

タイタニック。

ベタだな、って思ったけど、口にはしなかった。

先輩と一緒なら、なんでもよかったのだ。


「智紘くん」


先輩に呼ばれた。

いつもは“ちーくん”呼びのくせに、と悪態をついてみる。


「……ごめんね。」


「なんで先輩が謝るんですか。」


理由がわからなかった。


「実はね、私、智紘くんの名前も、顔も、あの時会う前に知ってた。」

「智紘くんがいじめられてるのも知ってたよ。1年前から。」


「え?」


「図書室からテニスコートが見えるの、知ってる?」

……知らなかった。気にもしていなかった。

あれほど、通っていたのに。


「私、放課後にいつも荷物運びしてる智紘くんを見てた。」


「先生に聞いたら、荷物運びは交代制だって。」


「あの子たちに、パシられてたんでしょう?」


「私が智紘くんを呼びに行った時、落書きされた机も、破られた教科書も、汚れた筆箱も、全部見た。」


「……助けたい、守りたい、って思った。」


「それで、」


「智紘くんに“嘘カレ”を頼んだのは私の男除けもあったけど、それ以上に、君を守りたかったから。」


「それで、」


「この前、智紘くんメールくれたでしょ?」


「“智紘くん、やっと平和になれたんだ。”って思った。」


「だからさ、私たち別れよ。」


「私は、君にはもう必要じゃないんだよ。」


「は……?」


意味がわからなかった。

確かに、先輩に僕がいじめられていたことを知られたのは痛い。

でも、先輩を好きなのは変わらない。


……なのに、

“別れよう”?

“先輩は僕に必要ない”?

あまりに勝手すぎる。


「それに、私、来年はもういないから。」


「今の“翠月 璃玖”は、来年で消えるの。」


「どうして……。」


「私ね、12歳の時に事故に遭ってさ。接触事故。」


「そのせいで頭打っちゃって、脳に傷がついたらしいの。記憶障害ってやつ?」


「それで、3年間しか記憶が保もたないの。
今の私は、15歳までの記憶しかない。」


「誕生日になったら、リセットされるの。たぶん、智紘くんのことを忘れちゃう。」


「……だから、もういいかなって。智紘くんは平和になった。私がいなくても大丈夫。」


「もっと青春しなよ、少年。」


……あんまりだ、と思う。


「先輩は、」


「……何?」


「璃玖は、本当にそれでいいの?」


勢い余って先輩を呼び捨てしてしまった。


「嫌だ……」


「先輩が僕のことを知ってしまったのは、別にいいんです。」


「……え、」


「だって先輩は、“僕のことを助けたかった”んでしょ?」


「うん、」


「ならいいじゃないですか。」


「それから、先輩のことについてですけど。」


「うん、」


「僕は諦めません。」


「先輩が僕のことを忘れても、僕は忘れません。」


「何度でも思い出を作ればいい。」


「先輩は忘れてなんかないんです。思い出せないだけ。」


「それで全てが消えるわけじゃないんですよ。」


「……っ、」


「だから、これからも一緒にいてください。」


「好きです、先輩。」


「……璃玖」


「え?」


「私の名前は璃玖だよ、“ちーくん”」


「っ、璃玖……先輩」


「呼び捨てでもいいのに。」


「いきなりは、やっぱり……」


「あはは、ちーくんってば、かわいい。」


「うるさいです。」



僕たちの春は、まだ、始まったばかりだった。

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