トップアイドルの恋 Season2〜想いを遂げるその日まで〜
第九章 クランクイン
「よーい…スタート!」

まだ肌寒い4月の初旬。

ついに瞬の主演映画『真実の光』がクランクインした。

監督の言葉通り、家族3人で公園で遊ぶシーンから撮影を始める。

ロケハンチームが事前に撮影シミュレーションをした時はまだ咲いていなかったらしい桜がこの日は満開で、急遽カメラアングルを変更して、桜をバックにお花見しながらお弁当を食べるシーンを撮影する。

(うわー、美味しそう)

レジャーシートの上に広げられたママの手作りのお弁当は、ハートの形の卵焼きやたこさんウインナー、ゆで卵とブロッコリーのお花のサラダや渦巻きのジャムサンド、そして可愛いおにぎりがぎっしり詰まった愛情たっぷりのお弁当だった。

「はい、大樹(だいき)。たくさん食べてね」

ママ役の沙奈がにっこり微笑んで、子役の健悟におにぎりを差し出す。

「美味しい!」

ほっぺた一杯に頬張る健悟を、沙奈と瞬は微笑んで見守る。

「はい、あなたもどうぞ」
「ありがとう」

沙奈は彩り良く盛り付けた皿を瞬に手渡した。

桜の花びらが舞う中、美味しいママのお弁当を笑顔で味わう家族。

(いいわー。憧れちゃう、こんな理想的な家族)

モニターと見比べながら、明日香はうっとりと、穏やかで幸せな家族のシーンに見とれる。

時折、たこさんだよーと言いながら健悟の口にウインナーを運んだり、これ食べてね、と茶目っ気たっぷりにハートの卵焼きを瞬に勧める沙奈は、明るくて愛情に溢れたママそのものだった。

(高見さん、今まで知らなかったけどステキな女優さんだな)

堤の一件があり、沙奈はどんな人なのかと身構えていたのだが、実際に話してみるととても謙虚で優しい印象だった。

明日香が提案する衣装はどれも、ステキですね!と喜んでくれ、おそらく堤が示した条件は、本人は気にも留めていないようだった。

今も、クリームイエローのシャツの上にボーダーの白いカットソーを重ね、ジーンズにスニーカーという装いだが、着替える時も嫌がる素振りなど全くなかった。

「はい、カット―!」

ほのぼのとした家族の光景に見とれていると、カットの声がかかって明日香は我に返る。

3人のもとへ行き衣装を整えていると、「チェックOKです!」と言われて皆はホッと息をつく。

「次は公園で遊ぶシーンです。よろしくお願いします」

助監督の声に、スタッフはそれぞれ準備を始める。

「お弁当残ってますので、ご自由に食べてくださーい」

しばらくすると女性スタッフの声が聞こえてきて、明日香はえっ!と目を輝かせる。

(いいのかな、食べても。誰も行かないけど、行ってもいいかな)

レジャーシートに残されたままのお弁当を凝視していると、ふっと瞬が笑いを洩らすのが分かった。

「食べてこいよ。うまいぞ」
「え、ほんと?いいのかな」
「ああ。それに撮影中、明日香の腹の音が鳴ってNGになったら困る」
「そ、それは大変。じゃあちょっともらってくる!」

どれにしようかと真剣におかずを選んでいると、「あっちのパラソルの下に移動させますから、ごゆっくりどうぞ」と小道具のスタッフに言われ、明日香も手伝った。

監督達のいるパラソルの後ろにいくつも連なったパラソルがあり、その下のテーブルには飲み物や軽食が並んでいる。

そこに運んできたお弁当も並べると、明日香は紙皿におかずを載せて早速ぱくぱくと食べ始めた。

(んー、美味しい!これぞ家族の幸せの味。世の中のママって、みんなこんなにカラフルなお弁当作れるのかしら?私には無理だわー)

そんなことを思いながらひたすら食べていると、ロケバスから瞬が降りてきて明日香の隣に座る。

「明日香、ご飯粒ついてるぞ」
「え、どこに?」
「ここ」

そう言って明日香の口元に手を伸ばすと、スッと唇の端をかすめてから自分の口に運ぶ。

(ひー!何やってるのよ、瞬くん!)

明日香は立ち上がると、脱兎のごとく遠ざかり、ロケバスの後ろに隠れてそっと周囲に目をやる。

スタッフ達は次の撮影ポイントに集まって準備をしており、誰も瞬の近くにはいない。

(見られなかったかな、大丈夫よね?)

ホッとしつつも明日香はムッとしたまま後ろから瞬を睨む。

(まったくもう!誤解されたらどうするのよ。大事な大事な映画の撮影なんだからね)

心の中で呟きながら、明日香は瞬の背中に説教していた。
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