結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 ――数時間後。
 そろそろ晩餐の時間かな……と思っていると、部屋の扉がノックされる。きっと、晩餐の知らせと食堂までの案内で来てくれたのだろう。
「どうぞー」
 私が返事をすると、扉の向こうから現れたのはなんとベティだった。昔と変わらない艶のあるオレンジ色の髪を丁寧に結い上げて、紺色と黒と白を基調としたロング丈のメイド服に身を包んでいる。
「ベティ!」
 驚いて、ごろんと寝ていたベッドから勢いよく立ち上がる。
 ……あ、おもわず昔の呼び方で呼んじゃった。
 ベティが私をどう思っているのかわからず、私は恐る恐るべティの表情を見ようとするが、俯いているため確認できない。
 ベティは後ろでに部屋の鍵を閉めると、そのままじばらく口をつぐんだ。……怒っているのだろうか。レーヴェ伯爵家の養子も、ノア様との結婚も、すべてを奪った女と思われても仕方がない。
「あ、あのねベティ……」
 無言の圧を感じ、私は尻込みしつつもなんとかここで和解を試みる。ふたりきりになれる機会が、この先あるかわからないからだ。
「エルザ様――いや、エルザ」
 ベティが顔を上げる瞬間が、やけにスローモーションに見えた。彼女に名前を呼ばれたのは、実に十年ぶりである。噛みしめるような声色に、私は罵声を受け止める覚悟を決めて反射的に全身に力が入った。
「ほんっっっとうにありがとう! ノア様との結婚を決めてくれて!」
 だが、ベティの満面の笑みを見て一気に力が抜けていく。ベティはぱあああっと赤い瞳を輝かせ、私の両手を握ると上下に激しくぶんぶんと振った。
「絶対に無理だと諦めていたの。だから、ふたりが結婚すると聞いて奇跡が起きたんだと思ったわ! ……これで私もやっと、苦しみから解放される……」
 勢いよく腕を振り乱し終えると、ベティは感慨深そうに呟いた。目は若干涙目になっている。そんなベティを見て、私はどきりとした。
 ――ベティ、そんなにノア様を想っていたのね。憎いはずの私に泣いて感謝するほど、今までずっと王宮内でも肩身の狭い思いをしていたんだわ。
 私はベティがノア様を想う気持ちを考えると、胸が締め付けられるようだった。握られたままの両手を引き寄せて、私はベティをこれでもかというほどぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 ……ああ、ベティからはいつもお日様のにおいがする。昔から、ベティと一緒にいると気持ちが落ち着いた。私よりも三つほど年の上のベティは、孤児院で私が唯一甘えらえるお姉さんみたいな存在だったことを思い出す。
「ベティ……今まで本当にごめんなさい。私じゃなくて、ベティが引き取られていたらこんなことには……」
「なにを言っているのエルザ! 私はあなたに恨みなんてないわ。侍女の仕事にもずっと興味があったの。エルザが謝ることなんてひとつもない。むしろ、今は感謝の気持ちでいっぱいよ!」
 なんて心が広いのだろう。私がベティと同じ状況に陥った時、同じ言葉を言えるだろうか。ベティの優しさに打たれ、私はじーんとしてしまう。
「……あ、ごめんなさい。あなたは王太子妃になるのだから、エルザなんて呼んだらいけないわね」
 思い出したように、ベティは気まずそうに片手を口元にあてて言う。
「そんなの気にしないで。私、昔みたいにベティと仲良くしたいの。それに、私のことは王太子妃なんて思わなくていいのよ」
 だって――本当の意味での王太子妃はベティなのだから。
「うーん。でも、ここで暮らす以上そういうわけにはいかないわ」
「それじゃあ人の目がない時は、昔みたいに接してくれる?」
「……わかった。それなら大丈夫ね」
 ベティと視線を合わせて、どちらかともなくふふっと笑い合う。
 ――これからも堂々とはできないと思うけど、私を盾にノア様とふたりで真実の愛を育んでいってね。
 ベティを見つめながら、私はそんなことを思った。今まで苦労したぶん、ベティには絶対に幸せになってほしい。
 ノア様と結婚したいと思う令嬢は、きっと数えきれ居ないほどいたはずだ。でも、ベティという存在がいることを受け入れてまで結婚する――いわゆる、進んでお飾り妻になると名乗り出る者は、なかなか現れなかったのだろう。
 今まではべティと和解するなんてイベントは発生しなかったからわからないが、今世ではベティに恨まれずに済んだ。それが嬉しくて、ベティの腕に自分の腕を絡ませて、私は自分より少し背の高いベティを見上げる。
「私、ベティの役に立ててよかったわ!」
 笑顔で告げる私に、ベティもまた柔らかな微笑みを返してくれた。
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