結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 一通り食事を終え、最後に何杯目からのお茶を飲む。これを飲み終えれば、晩餐タイムは終わりを告げるだろう。
 思ったより、長い時間楽しんでしまった。なんだかベティに申し訳ない。
 でも、このまま今日を終えれば殺される心配はなさそうに思える。どうかあと数分、平和に終わりますように。
 すると、お茶を飲み終えたノア様がどこかそわそわとしていることに気づく。なにか言いたげな顔をして、ちらちらとこちらの様子を窺っているのだ。
「ノア様、なにかありましたか?」
 気になって、こちらから話しかけてみる。ノア様は神妙な面持ちをして静かに口を開いた。
「明日のことなんだが」
「明日? 結婚の儀ですか?」
 ノア様のほうから〝明日〟というワードを出してくれたことに、私は内心テンションが上がっていた。明日の話をするということは、私にも明日が来ると言っているようなものだからだ。
「結婚の儀は予定通りに行うだろう。俺が言いたいのは、その後の話で……」
「その後?」
 なにかあったっけ?
 思い出せず、私は首を傾げる。
「結婚の儀を終えたら、明日は結婚初夜、ということになる。……君の部屋に行ってもいいのだろうか」
「……えっ」
 結婚初夜って――つまり、夫婦になった日にそういうことをする日?
 ノア様にはべつの意味で寝込みを襲われ続けてきたせいか、一瞬オープンに殺害予告をされたのかと思い、変な声が出てしまった。
「もちろん、なにかするわけじゃあない! いや、君が望むなら全力で応じさせてもらうが……俺も急いではいない。君の気持ちを尊重したいと思っている」
 これはつまり、『結婚初夜は形式上君の部屋に行かなくてはならないが、なにもすることはないから期待するなよ』ってのをオブラートに包んで言ってくれたと思っていいのかしら?
 ノア様がそこまで私に気を遣う必要なんてないのに。それに、形式上でも私の部屋に来るなんて、ベティのメンタルを考えるとよくないと感じる。
「無理しないでください。私の部屋には来なくて構いませんから」
「……エルザ?」
「晩餐だって、明日からはベティとの時間にしてくださっていいのですよ。明日行く部屋も、私でなくてベティのところへ行ってください」
 周りに使用人がいなくなったのをいいことに、今度はしっかりと名前を出して、私はノア様を安心させるように言った。
 私はベティとの仲を邪魔する気一切ない。そのため、私なんかのことで悩んだりしてほしくないのだ。私で悩むスペースがあるのなら、そこはベティを想う気持ちに使ってほしい。
「……エルザ、君に聞きたい」
「はい」
「なぜベティが出てくる?」
 ノア様はわけがわからないといった表情を浮かべているが、そう言われて、私もまったく同じように眉をひそめた。
 ノア様ったら、ずいぶんおかしな質問をしてくるわね。
「だって、ノア様はベティを愛しているのでしょう? だから私のことは気にしないでください」
 もしかして、はっきりこうやって言わせたかったとか? ご安心を。私はすべてを理解した上で、あなたと結婚していますので。
「ふたりのこと、誰よりも応援していますからね!」
 私はにっこり笑ってノア様に言うと、「だから、今世は殺さないでくださいね!」と心の中で叫んだ。
「……君は」
「……ノア様?」
 ノア様はふらふらとした足取りで立ち上がると、聞いたこともないような低い声で呟く。
「君はなにを言っているんだ……」
「え」
 そしてものすごく不機嫌な顔をして、だが足取りはふらついたまま、私を残して食堂から出て行った。
 ――私、またなにか失敗しちゃった? せっかく仲良くなれそうだったのに!
 最後の最後でノア様の眉間の皺の本数を過去最高記録に伸ばしてしまった。追いかけて声をかけようと食堂から飛び出すも、既にノア様の姿はなくなっていた。
「ど、どうしよう……」
 なにがノア様の癇に障ったのか、それすら理解できない。
 それから私は部屋に戻り、ただひたすら、ノア様が今夜部屋に来ないことを祈った。

< 12 / 54 >

この作品をシェア

pagetop