結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「着いた。……中へ入ろうか」
「は、はいっ!」
 神と精霊の庭へと繋がる、森の細い坂道をノア様と歩き出す。ここを登った先に、お目当ての場所が待っている。
 入口で追い返されることはなかったため、私も中へ入っていいようだ。空が見えにくいほど生い茂った木々たちが、ざわざわと葉を揺らす。それはまるでこれから庭へ入る私たちを歓迎する音のように聞こえた。懐かしい音に、自然と私の足取りも軽くなる。疲労を感じていたはずの足も、楽しい気持ちが勝てばなんら気にならない。こういった時、身体と心は深いところで繋がっているのだろうと思ったりする。
 それほど長くない坂道を登り終えると、神と精霊の庭へ到着した。庭は木々たちに円を描くような形で囲まれており、それほど広くはない。真ん中には大きな狼のような獣の銅像が立った噴水があり、その縁に座ってノア様と話していたことを思い出し、懐かしさがこみ上げてきた。
 今回も、特になにごともなく庭の中へと足を踏み入れることができた。ノア様と一緒だからか、それとも――私はなにか、庭へ入る特別ななにかを持ち合わせていたりするのだろうか。
……いいや、私みたいな庶民が特別な人間だなんて、とんだ思い上がりね。
自分で恥ずかしくなり、そんな考えを捨てるように頭を左右に強く揺すった。
「懐かしいな」
「……え?」
 入口で立ち尽くしたまま、ノア様が私のほうを振り返る。
「ここで、エルザとよく話した。……君は覚えているか?」
 遠慮がちに話すノア様は、私の反応を窺っているように見えた。私はノア様の言葉を受け、木々や風たちのように心がざわっとした音を立てる。
 ――ノア様、覚えていたんだ。
 こうやって話すようになってから、ところどころそう感じる節はあった。在学中は、再会した時に顔をしかめられたことや、それからの態度ですっかり忘れ去られている……もしくは、私なんかと関わっていた事実を消したいのだろうと勝手に思い込んでいたけれど。
 私のことを覚えていたから、レーヴェ伯爵家のことを気にかけてくれたのか。庶民の私が伯爵家の令嬢になっていたことに、ノア様はどう思ったのだろう。
「もちろん。孤児院で暮らす日々の中で、いちばんの楽しみでした」
「……! そうか。君も、覚えてくれて……」
 ノア様は私が覚えていると知り、表情に出ていた不安が吹き飛んだように、瞳を見開いて輝かせている。
「いいや。この話はやることをやってからじっくりしよう。エルザ、君は好きなところにいてくれ。十分くらいで済む」
「はい。わかりました」
 私だけ先に座るのもどうかと思い、とりあえずその場で待機する。
 ノア様は手を木々たちに向かってかざすと、大きな光を出して庭をゆっくりとした足取りで周り始めた。
「……これは、結界ですか?」
 私の問いかけに、ノア様は歩きながらも答えてくれる。
「そうだ。部外者が入れないよう、ディールス家が使える特殊な結界魔法で毎週強固な結界を張っている。ここは王家が管理する権利を与えられた、世界的にも有名な神聖な場所だ。神や精霊たちが発する神聖なエネルギーは、国を渡り世界の不浄を洗い流すと言われている」
「さすが、神様と共にローズリンド王国を創ったディールス家。結界を張れるのは、王家のみなんですよね?」
「いいや。ほかにもいる。聖女だ」
「……聖女。聞いたことはありますけど、もはや伝説の存在というか」
 本でしか読んだことがない、聖女という、神に加護を捧げられた特別な女性。その聖女ならば、王家と同じ結界魔法を使え、神と精霊の庭の管理ができる権利を与えられるという。ほかにも聖女がいることで国を災いから守ることができる、傷を癒すことができる等、様々な言い伝えはあるが……。
「もうローズリンドでは、かれこれ二百年以上現れていないからな。聖女に選ばれる女性は神に認められるほどの綺麗な心と、世界へ大きな貢献をした功績のあるものと決められている」
 なかなかに難しい条件だ。それは、長年現れていないのも納得できる。存在や力が希少であることから、神もそう簡単に加護を与えてたまるか! って感じなのかも。それに世界への大きな貢献って、ずいぶんとぼんやりしている。例がないと、どれくらいの規模のものを指しているか想像もつかない。
「聖女とディールス家の持つ力はそれぞれ異なるのですか?」
「ああ。王家とローズリンドを創ったと言われるこの庭の神は、魔力と神聖力の両方を持ち合わせているんだが……」
 魔力というのは魔法を使うための力、神聖力というのは、奇跡を呼び起こすと言われる不思議な能力に加え、浄化、治癒といった、いわゆる聖魔法と言われる能力に長けた力らしいこの中に結界魔法も入っているようだ。魔力を持っているだけでは、この神聖力に分類される能力は使えないのだとか。
「聖女は魔力はなく、そのかわり神聖力に特化している。我々王家は魔力はものすごく強大だが、神聖力で使えるのは結界魔法のみ。しかし、魔力だけなら神を越えるとも言われている。それは神が自らの棲み処を守ってもらうために、友人であるディールス家に強い力を与えたという仮説があるが、真実はわからない」
「へぇ。神も聖女も王家も、それぞれ素晴らしい力を持っているんですね。……聖女がいたら、ローズリンドはもっと発展を遂げるかもしれません」
「そうかもしれないな。だが――聖女がいなくて助かった」
 ノア様は一周すると、私のところまで戻ってきた。作業を終えたようで、ノア様の大きな手のひらから出ていた光がポゥッと消える。
「助かった? なぜですか? 聖女がいたほうが、国が安泰なのでは?」
「そうだ。国は安泰で神聖力もアップする。庭の管理だって、聖女に任すことができる」
「いいことづくめじゃないですか」
「だが、聖女は強制的に王家の人間と結婚となる。これはこの庭に棲む神が認めた者同士が結婚することで互いの能力を上昇させ、生まれる子供の遺伝子もより強く、神に近づくと言われているからだ。……とどのつまり、昔の王家の連中が考えた面倒なしきたりってとこだな」
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