結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~

ループの果てに

 俺はローズリンド王国の王太子として生まれ、幼い頃から、国の大事にしている神と精霊の庭の管理をしていた。管理といっても、週に一度結界を強化しなおし、庭の空気を神聖に保つという簡単なものだ。
 ローズリンドの誇るこの庭は、世界が危機に陥った時の砦となるという伝承があり、この庭があるおかげで、国は外国から襲われることもなく平和が保たれている。神の棲む庭を汚すと、破滅を呼ぶとも言われているせいか、常人はそれを恐れ決して庭を荒らそうとはしなかった。たまに、そういった伝承を信じずに興味本位で庭の侵入を試みる者もいたが、結界に拒まれ中には入れない。
 とにかく神と精霊の庭は、世界的にも神聖力が強く、神秘的な場所だった。俺自身もここへ来ると体中の魔力が漲る感覚を毎回覚えていた。
 そんな神と精霊の庭には、ほかにも言い伝えがある。それは――稀に気まぐれで神様が願いを聞いてくれる、というものだ。
 しかし、その対象は王家の血を引く者のみ。そしてその願いが切実で、本気であること。まるでおとぎ話によくありそうな話だ。
 ――本気の願いって、なんだろう。
 まだ十歳にも満たない幼い俺は、庭へ来るたびにぼんやりとそんなことを考えた。生まれた時から地位も権力も魔力も保障されている。努力さえ怠らなければ、ものすごく恵まれた環境だ。そんな自分が、神に願うほど欲するものがあるのだろうか。
 上の立場から国を見て、既に達観していたかわいげのない俺は、そのまま成長し九歳になった。その頃には、庭の管理をひとりでするようになっていた。
 ある日、いつものように庭へ向かい決められた仕事をこなしていると、突然庭の風が大きくざわめいた。常に静かで風の速度も変わらないこの庭で、初めて感じた大きな変化だった。
 そしてそのざわめきと共に姿を現したのが……エルザだった。
 風になびくダークブラウンの髪。庭を囲む木々たちが初夏に降らす新緑の色をした大きな瞳は、水滴に濡れた葉のようにきらりと輝いている。
 彼女を見た時、おもわず息を呑んだ。庭に棲む精霊が初めて俺の前に姿を現したのかと思った。同時に、感じたことのない胸の高鳴りを覚える。
 説明するまでもなく、強烈な一目ぼれだった。
 まだ名前も年齢も、人間かどうかさえわからなかった相手に、俺の心は大きく揺さぶられた。九歳といえど、王族や貴族ならそれなりに社交界へ顔を出している。いろんな同世代の令嬢たちを見ていたが、こんな感情を抱くことはなかった。
 庭へ入り、目を丸く広げたまま俺を見続けるエルザに声をかけたところで、俺はやっと、エルザがローズリンドに住む人間なのだと確信した。なぜ王家の血を引かないエルザが庭に入れたのか、それは、彼女の心が綺麗だったからだろう。純粋で清い心の持ち主は、神に認められ庭へ入れるのだと聞いたことがある。
『僕は毎週水曜日にここに来るんだ。だから、また話そう』
 初めてエルザに会った時、俺は彼女にそう言った。それからエルザと週に一回、庭の噴水の縁に座って話すようになる。
 エルザは孤児院に通っているようで、毎日たくさんの友人に囲まれて楽しいと話していた。俺からするとたいへんな環境にあるようにみえたが、エルザはちっとも気にしていない。勝手なイメージで勝手に彼女に同情してしまったことを、俺はこの後ひどく反省することになる。
 エルザとの時間は幸せだった。俺を窮屈な毎日から解放してくれた。エルザが俺を見つめる瞳は、いつも透明で純粋な眼差しだった。
 一緒にいるうちに俺はエルザをどんどん好きになり、ついに、その想いはひとりでは抑えきれなくなってしまう。
『エルザ、僕のことどう思う?』
『ノアさまのこと?』
『ああ。ほら、好きとか嫌いとかあるだろう』
 今思えば、この二択で質問するのはずるかったと思う。でも、エルザに好きだと言われたかった。
『好きです!』
 好きな人に初めて好きだと言われた時の気持ちは――たとえどんな形だろうと、天にも昇るほどの喜びだった。
『じゃあ僕たち、将来結婚しよう』
『えっ……私がノアさまと? ……できるかな。ノアさまはすごい人だから』
 遠慮がちに俯くエルザの頬は、僅かに赤くなっていた。
……しかし、その会話をしした日を最後に、エルザは俺の前に姿を現すことはなくなった。
 俺はその時、ショックだった。
 どこかに引き取られたのかもしれない。だとしても、なにか言ってくれればよかったのに。
 エルザにとって俺との時間はただの暇つぶしだったのではないか。まだ子供だった俺は、エルザの都合を考えられる余裕もなく、ただいじけていた。しかし時間が経つにつれて、自分の中の気持ちが変わっていく。そしてたどり着いた先にあったのは、エルザがどんな場所に行っても、幸せでいてほしいという願いだった。
 このままなにごともなく人生を歩めば、大抵のものは手に入る。神に願うほど絶対に叶えたい夢なんて、俺に存在するのか――なんて思っていたくせに。その願いが自分でない人の幸せを願うものだなんて、我ながら驚きだった。
『神様、どうかエルザが幸せになりますように。できれば……幸せにするのが、俺でありますように』
 いつもエルザと話していた噴水で、俺はひとり願い事を口にした。すると、噴水に立てられた大きな獣の銅像がまばゆく光り、それは本物の獣へと変化する。
 真っ白い巨大な狼のような獣は、自身をこの庭の神、セドリックと名乗った。
『セドリック……神様って、こんな獣だったのか?』
【不満そうだな】
 見た目通りの低い声。神だから庭の目立つところに銅像として置かれていたのかと、いまさら納得した。
【ノア、せっかくお前の願いの手助けをしてやろうと思ったのに】
『えっ……本当!?』
 金色の瞳をギラリと光らせて、セドリックは頷いた。
【ただ、必ず叶うとは限らない。私は願いが叶いやすいように現段階で運命を導く手助けをするが、それを将来活かせるかはお前次第だ】
『わかった』
 するとセドリックは、運命を動かしたと俺に教えてくれた。なにをしたのかわからないが、それを聞こうとした頃には、セドリックは銅像に戻り動かなくなっていた。
 それからすぐに、エルザがどこかの家に引き取られたという話を聞いた。それなりの貴族だと聞いて、俺は安心する。同時に……うまくいけば、学園でエルザに再会できるのではないかと期待した。
 エルザが貴族令嬢になったのなら、王家との結婚も難しくはないだろう。俺は将来、エルザが俺の妻となり王宮暮らしになる時に備えて、孤児院で仲の良かったベティーナという女性を王家の侍女として引き取ることにした。
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