888字でゆるいミステリー

第十四話 「この隣人32人目」





公衆便所で用をたしていると、隣の個室に誰かが入った。



「一億はM公園の公衆便所の排気口の裏に隠せ。

次の一億はY公園の便所の用具入の中にある箱に隠せ。

俺の一億は今からここの水洗タンクに隠す。

回収は一カ月後だ、いいな?」



その声に出かけていた物も止まる。

う、嘘だろ……。

やべぇもん聞いちまった。

がさごそとタンクの蓋を締める音。

間もなく男の足音が去っていく。

さっきの電話、ヤクザかなんかだ。

関わったらまずい。

今すぐ警察に通報するべきだ。




だが……。

好奇心が勝って隣のドアを開ける。

タンクの蓋をずらすと、黒いポリ袋があった。

検めると百万円の束が十五個とカード一枚。

カジノで使えるプリペイドカードだ。

このカード一枚に八千五百万が?

や、やべぇ……。

マジで手が震えた。

どうすんの俺……?




手ぶらで便所を出た。

ポケットにはプリペ。

偶然にも俺が知っている裏カジノだ。

換金して海外へ飛べば十数年は遊んで暮らせる。

その前に残る二つの公園も確認しよう。

同じプリペだったら持ち出すのは訳ない。

これは俺の人生に訪れた一世一代の大チャンスだ。




翌日、M公園の公衆便所。

便器に登って天井の排気口をずらす。

案の定黒いポリ袋。

中には二千万の現金とカードが一枚。

おおっ!

こんなに上手くいくなら、現金も……。

いや、番号が控えられていたらアウトだ。

その点このプリペには個人や情報を特定する機能はない。

その時カードを持っている人物が金を引き出せるのだ。





Y公園。

便所の用具入に箱がある。

中の黒いポリ袋を開けると、千万円とカードが一枚。

うおっ、最高金額九千万!

三枚で二億五千五百万!

社畜だった俺が今は億万長者!

にやけが止まらねぇ!

俺は気分よく外に出た。




「止まりなさい、遺失物等横領の罪で逮捕します!」



――えっ!?

複数の警官達に囲まれ、いきなり手錠をかけられた。



「なっ、えぇっ!?」


警官が俺のポケットからプリペを取り出した。


「違法カジノのカード、所持を確認!

署で話を聞かせてもらおう」



な、なんで!?

混乱する俺に隣の警官がいった。



「俺の声に覚えがないか?」



あっ、便所の隣人……!?



「このおとり捜査で捕まったのは、あんたでもう三十二人目だ」



              









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