奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
自分が小言を言ったから、セシルが言うことを聞いて反省し、国王の前で怯えているとでも、信じ込んでいるようだった。
「他には?」
これ以上、他に何を言う必要があるのだろうか?
はっきり言って、セシルには国王陛下に言いたいことなど何もない。さっさとこの(無駄な) 召集を終わらせて、屋敷に帰りたいくらいだ。
シーンと、沈黙だけが降りる。
そして、シーンと、更なる沈黙だけが。
ゴホン、と宰相が場を取りなすように、一度、軽く咳払いをした。
「提出された資料と証拠は確認した」
それはすごいですねぇ。
七年分、集めに集めた証拠品だ。読むだけでも、かなりの時間がかかったはずだろうに。
ここ数日、徹夜並の仕事だったのかしら?
「他に提出したい資料、または証拠品があるのなら、その話をしてもらいたい」
なるほど。
国王陛下はあまりに凡人で(役にも立たなそう) だが、宰相は、その役職に見合っただけの仕事はしているようだった。
きっと、仕えている家臣達が真面目に国の統治を手助けてしているのね。だから、役立たずの国王陛下がいても、ある程度、問題なく国家が成り立っているのでしょうし。
問題のない国で「国王」 になるから、役立たずでもバレないのだろう。問題のある国なら、即座で、無能さが明らかになってしまうことだろうから。
その点から言うと、ノーウッド王国は平和な国なのだろう。
今は、一応、国家として、王国として、左程の問題はない国だ。
それが分かって、セシルも喜ぶべきなのかしら? ――さっきのがっくりからは、あまり回復できているとは思えないが。
あまりにセシルが静かで口も開かない。
黙ったままなので、宰相が困ったように微かに眉間を寄せ、
「ここで話す会話は、ホルメン侯爵だろうと、知ることではない。他の貴族も同様だ」
宰相は、一応、セシルが侯爵家の報復を恐れているかもしれない――との配慮はあるようだった。
ここで何かを口にして、セシルがまた攻撃されたら――と、セシルが心配しているかもしれないと、思ったらしい。
「では、お聞きしたいことがございます」
「許そう」
うむ、と宰相が頷いた。
「侯爵家は必要ですか?」
その質問に、ピクリと国王陛下の眉が微かにだけ揺れた。
際どい質問で――聞きようによっては、王国の侯爵制度が必要なのか――とでも言えそうな、批判的な質問とも取れる。
うつむいて顔を上げないセシルを、国王陛下が慎重に、そして、探るような眼差しを向けて見ている。
隣に控えている第一王太子殿下と宰相も、そんな質問が出てくるとは考えもせず、この場のなりゆきを慎重に見守っている。
「――必要ない――と言ったら?」
試すような、挑戦的な質問を投げられても、セシルの様子は変わらず、ただ大人しくうつむいているだけだ。
「では、一つ、貸しといたしましょう」
「――ほう?」
「ですが、慰謝料の請求が済むまでは、どうか、ご慈悲をかけていただきたくございます。これだけの苦痛を強いられたのですから――それ相応の対価は、請求させていただきたくございます。そうでなければ――この七年間、ホルメン侯爵家から無理難題を強いられた伯爵家は、大損害を被ったまま、回復も難しくなってくることでしょう」
ふむ、と一応は話を聞いている様相で、国王陛下が相槌を打つ。
セシルの言葉は丁寧でも、無能な侯爵家を野放しにして、格下であろうと、王国に使える伯爵家をないがしろにするなど、それで、臣下の王族への信頼が保てるのか――と、案に脅している口調とも言えなくはない。
婚約解消は成立しても、伯爵家になんの慰謝料も払われなければ、無理難題を押し付けられて、経済補助を強いられた伯爵家は、ホルメン侯爵家のせいで大損である。
「貸し――とは、何が含まれる?」
「過去七年分、ヘルバート伯爵家からのホルメン侯爵家の資金援助または資金補助、それに伴う出費概要、出費の誤差、過去五年分のホルメン侯爵家の主な領税及び国税概要、その誤差。ホルメン侯爵領の領民への虐待、無法行為、違法人身売買、奴隷制、違法賭博の奨励、領地への違法通行料強制、その支払いをしない者には、刑罰または裁判なく即座に奴隷市への送還。侯爵家独自による私営騎士団の増加。出費や支出など、これらは全て外側からの概算や見積もり程度でございますから、正確な値ではございませんが。証拠がないわけではございません」
だが、それらの事実や証拠を元に、王宮から監査を送り込んで、内部事情を徹底的に洗いなおしたら、埃どころが、もう、ぼろぼろと悪巧みや泥が、簡単にはがれ落ちてくるだろう――と、示唆されているような言い分だ。
「ほう……」
完全に、国王陛下の興味が注がれたようだった。
ノーウッド王国では、貴族に領地が与えられている、所謂、典型的な封建制度ではあるが、だからと言って、国内、領土内、領土外の通行領を請求する、または強制するような法律はできていない。
国内の移動であれば、誰でも自由に出入りが可能なのだ。
商い人とて、物資の仕入れや販売などで、多々の領地を移動することだってある。
おまけに、奴隷制は国法で禁じられているものだ。
聞けば聞くほど、侯爵家の悪事やボロが出てくるものである。
「慰謝料請求は、我が名を以てして、責任を取らせよう」
「ありがとうございます」
どうやら、セシルがいちいち動き回らなくても、王宮が――国王陛下自らが、その責任を持ってくれるらしい。
まあ、その程度は役に立ってもらわなければ、今までの苦労が報われないでしょう。
静々と、セシルがドレスの裾を摘みながら、頭を下げていく。
「近いうち、ヘルバート伯爵家に遣いを寄越す」
「承知いたしました」
「顔を上げよ」
言いつけられて、また、静々と、セシルが姿勢を正していく。――それでも、微かにうつむいたままの体制は、変わらなかった。
「随分、入念なことだが?」
「問題がございましたか?」
「いや。全く」
たかが、学園を卒業したばかりの小娘だ、ただの令嬢だ、などと考えていた国王陛下であっても、今までの会話からも、その動じない冷静な行動からも、セシルは一筋縄ではいかぬ相手であると、簡単に見て取れた。
質問を質問で返してきて、聞かれたこと以外には、一切、自分の手の内を明かさない。晒さない。
ただの令嬢――としては、隙がなさすぎる態度だった。
「他には?」
これ以上、他に何を言う必要があるのだろうか?
はっきり言って、セシルには国王陛下に言いたいことなど何もない。さっさとこの(無駄な) 召集を終わらせて、屋敷に帰りたいくらいだ。
シーンと、沈黙だけが降りる。
そして、シーンと、更なる沈黙だけが。
ゴホン、と宰相が場を取りなすように、一度、軽く咳払いをした。
「提出された資料と証拠は確認した」
それはすごいですねぇ。
七年分、集めに集めた証拠品だ。読むだけでも、かなりの時間がかかったはずだろうに。
ここ数日、徹夜並の仕事だったのかしら?
「他に提出したい資料、または証拠品があるのなら、その話をしてもらいたい」
なるほど。
国王陛下はあまりに凡人で(役にも立たなそう) だが、宰相は、その役職に見合っただけの仕事はしているようだった。
きっと、仕えている家臣達が真面目に国の統治を手助けてしているのね。だから、役立たずの国王陛下がいても、ある程度、問題なく国家が成り立っているのでしょうし。
問題のない国で「国王」 になるから、役立たずでもバレないのだろう。問題のある国なら、即座で、無能さが明らかになってしまうことだろうから。
その点から言うと、ノーウッド王国は平和な国なのだろう。
今は、一応、国家として、王国として、左程の問題はない国だ。
それが分かって、セシルも喜ぶべきなのかしら? ――さっきのがっくりからは、あまり回復できているとは思えないが。
あまりにセシルが静かで口も開かない。
黙ったままなので、宰相が困ったように微かに眉間を寄せ、
「ここで話す会話は、ホルメン侯爵だろうと、知ることではない。他の貴族も同様だ」
宰相は、一応、セシルが侯爵家の報復を恐れているかもしれない――との配慮はあるようだった。
ここで何かを口にして、セシルがまた攻撃されたら――と、セシルが心配しているかもしれないと、思ったらしい。
「では、お聞きしたいことがございます」
「許そう」
うむ、と宰相が頷いた。
「侯爵家は必要ですか?」
その質問に、ピクリと国王陛下の眉が微かにだけ揺れた。
際どい質問で――聞きようによっては、王国の侯爵制度が必要なのか――とでも言えそうな、批判的な質問とも取れる。
うつむいて顔を上げないセシルを、国王陛下が慎重に、そして、探るような眼差しを向けて見ている。
隣に控えている第一王太子殿下と宰相も、そんな質問が出てくるとは考えもせず、この場のなりゆきを慎重に見守っている。
「――必要ない――と言ったら?」
試すような、挑戦的な質問を投げられても、セシルの様子は変わらず、ただ大人しくうつむいているだけだ。
「では、一つ、貸しといたしましょう」
「――ほう?」
「ですが、慰謝料の請求が済むまでは、どうか、ご慈悲をかけていただきたくございます。これだけの苦痛を強いられたのですから――それ相応の対価は、請求させていただきたくございます。そうでなければ――この七年間、ホルメン侯爵家から無理難題を強いられた伯爵家は、大損害を被ったまま、回復も難しくなってくることでしょう」
ふむ、と一応は話を聞いている様相で、国王陛下が相槌を打つ。
セシルの言葉は丁寧でも、無能な侯爵家を野放しにして、格下であろうと、王国に使える伯爵家をないがしろにするなど、それで、臣下の王族への信頼が保てるのか――と、案に脅している口調とも言えなくはない。
婚約解消は成立しても、伯爵家になんの慰謝料も払われなければ、無理難題を押し付けられて、経済補助を強いられた伯爵家は、ホルメン侯爵家のせいで大損である。
「貸し――とは、何が含まれる?」
「過去七年分、ヘルバート伯爵家からのホルメン侯爵家の資金援助または資金補助、それに伴う出費概要、出費の誤差、過去五年分のホルメン侯爵家の主な領税及び国税概要、その誤差。ホルメン侯爵領の領民への虐待、無法行為、違法人身売買、奴隷制、違法賭博の奨励、領地への違法通行料強制、その支払いをしない者には、刑罰または裁判なく即座に奴隷市への送還。侯爵家独自による私営騎士団の増加。出費や支出など、これらは全て外側からの概算や見積もり程度でございますから、正確な値ではございませんが。証拠がないわけではございません」
だが、それらの事実や証拠を元に、王宮から監査を送り込んで、内部事情を徹底的に洗いなおしたら、埃どころが、もう、ぼろぼろと悪巧みや泥が、簡単にはがれ落ちてくるだろう――と、示唆されているような言い分だ。
「ほう……」
完全に、国王陛下の興味が注がれたようだった。
ノーウッド王国では、貴族に領地が与えられている、所謂、典型的な封建制度ではあるが、だからと言って、国内、領土内、領土外の通行領を請求する、または強制するような法律はできていない。
国内の移動であれば、誰でも自由に出入りが可能なのだ。
商い人とて、物資の仕入れや販売などで、多々の領地を移動することだってある。
おまけに、奴隷制は国法で禁じられているものだ。
聞けば聞くほど、侯爵家の悪事やボロが出てくるものである。
「慰謝料請求は、我が名を以てして、責任を取らせよう」
「ありがとうございます」
どうやら、セシルがいちいち動き回らなくても、王宮が――国王陛下自らが、その責任を持ってくれるらしい。
まあ、その程度は役に立ってもらわなければ、今までの苦労が報われないでしょう。
静々と、セシルがドレスの裾を摘みながら、頭を下げていく。
「近いうち、ヘルバート伯爵家に遣いを寄越す」
「承知いたしました」
「顔を上げよ」
言いつけられて、また、静々と、セシルが姿勢を正していく。――それでも、微かにうつむいたままの体制は、変わらなかった。
「随分、入念なことだが?」
「問題がございましたか?」
「いや。全く」
たかが、学園を卒業したばかりの小娘だ、ただの令嬢だ、などと考えていた国王陛下であっても、今までの会話からも、その動じない冷静な行動からも、セシルは一筋縄ではいかぬ相手であると、簡単に見て取れた。
質問を質問で返してきて、聞かれたこと以外には、一切、自分の手の内を明かさない。晒さない。
ただの令嬢――としては、隙がなさすぎる態度だった。