奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「話ってなに?」

 先程の少年は口をモゴモゴさせながらでも、『セシル』から決して目を離さない。

「生きることに必死であるのなら、生きて行くことにしがみついていくのなら、私の領地に招待しましょう。そして、知識を身に着け、経験を積み、「人」として生きて行きなさい」
「そんなの信用できるわけないでしょ」

「では、一体、どこの誰が、スラム街の孤児達に向かって、狂った所業とも思えることを、大真面目に話して聞かせるのですか? わざわざ食事まで与えて」

「いい顔して騙すのなんて、お手の物でしょ。貴族のオジョーサマなんだから」
「騙した分の見返りは?」

「売り飛ばすわけ? 孤児なら、勝手に売り飛ばそうが、誰も文句は言わないからね」
「売り飛ばすだけの価値があるのですか?」

 きっと、憎悪を露わに、少年が『セシル』 を睨め付ける。

「いい顔をして、美味い言葉で騙されて、人身売買で売り飛ばされるのか。奴隷にさせられるのか。そうでないのか。いつでも冷静に状況が判断できるよう、そういった能力を身に着けなさい。ただ、この中で、あなたは、子供でありながら、それができている一人ではあるようですが」

 こうやって、全く見知らぬ人間に、それも、嫌っている貴族に連れ去られたような形なのに、移動中、この少年達は一度も抵抗をみせなかった。

 でも、無言で合図を送り、コミュニケーションをしていたのは、『セシル』 も簡単に気が付いている。警戒が強く、慎重で、ただ感情的になって馬鹿をする子供ではなかったのだ。

 どうやら、そうやって、あまりに冷静な指示を出し、グループをまとめているのか、指揮しているのか、その参謀がいたようなのだ。

 それも、この目の前にいる少年が。

 だから、『セシル』 も、益々、この少年には興味が沸いて来ていた。

「逃げ出したいのなら、逃げ出す機会を待ち、その隙を一瞬でも見逃さず、逃げ出す準備をしておきなさい。ただ、策もなく逃げ出すだけでは、なにも変わりはしませんよ。また、違う場所で盗みを働き、生きて行かなければならないでしょうから」

 だが、そんな盗みだって、いつまでも長く続くことはないだろう。今は、グループで行動していて、統率が取れているようだったが、それでも、子供だ。

 もし、大人達が本気で盗人(ぬすっと)の捕縛を命じたのなら、子供達には逃げ道はなくなってきてしまう。街の、領地の治安を乱す悪者として、必ず、厳しい処罰を受けてしまうだろうから。

「私は、あなた達が「人」 として生き抜いて行く覚悟をみせるのなら、その機会を与えましょう。そして、「人」 として、最低限、生きていける環境を作ると約束しましょう。それを信じるか、信じないかは、あなた達次第ですよ」

「――そんなの無理だね」
「どうしてです? 私の領地には、かなりの数の孤児達がいますよ。無理ではなかったようですね」
「うそだ」

「わざわざ嘘を吐いて、自分をよく見せる為に塗り上げる必要なんてないでしょう? なぜ、私が、あなた達にそんなことをしなければならないと言うのです?」

 この少年が憶測しているように、『セシル』 は貴族の令嬢だ。わざわざ、いい格好を見せて、孤児の少年達に威張り散らす理由など全くないのだ。

「今は、信用しなくても、大博打(だいばくち)に賭けて、自分の生き様を懸けてみるのはどうですか? もしかしなくても、一生に一度の大博打(だいばくち)になるかもしれませんね」

 『セシル』 の言葉は端から信用していないのに、それでも、四人は無言で互いに顔を見合っている。

 きっと、どの動きが利益になるのか、不利になるのか、危険になるのか、色々な考えを巡らせているのだろう。

 年齢にそぐわないその行動そのものが、慎重で思慮深い行動だと、本人達は気付いているのだろうか?

 そうやって、今まで、スラム街でも生き抜いてきたのだろう。慎重に、隙を見せず、それでも、諦めず。

 ああ、益々、興味深い子供達だ。

「どうします? 私は、何度も繰り返しませんよ」
「――チャンスを取ったら、どうなるわけ?」

「私の領地に移動してもらいます」
「それは、どこ?」

 最小限の質問でも、(まと)を得ている質問ばかりだ。

 ふふと、『セシル』 の微笑がもれ、
「コトレア領と言って、王都から南下して行った場所にあります。馬車では、5~6日かかるでしょうか」

「そこで何するの?」
「まずは、領民の一人として生活を始め、知識を学び、身に着けていくことが最優先でしょうね。そして、群れの中で生きて行く経験を着け、その時が来たら、世界を見に行きなさい。自分達の力で」

「そんなの無理だよ」
「まあ、それは、その時になってみなければ、誰にも判らないでしょうから」

 目の前の少年が黙り込む。そして、残りの少年達が、きっと、彼の答えを待って、じっと動かない。

「――行けないよ」
「そうですか」

 (かたく)なに拒否し続けるのなら、それは、彼らの選択であり、『セシル』 がそれ以上口を挟む問題でもない。

「では、食事を終えたら、街まで送りましょう」
「――まだ……仲間がいる」

 パチパチと、『セシル』 も少々驚いて、瞬きをする。

「まだ仲間がいたのですか? それは気が付きませんでしたわ。随分、上手く隠れていること。では、その仲間を迎えに行きましょう。何人ですか?」
「――一人だよ……」

「そうですか。では、あなた達も、居場所を知らせるだけでは心配になってくるでしょうから、誰か案内役を。そうですね……、二人ほど。それなら、もし、逃げ出したくなった場合でも、なんとか力を合わせられるでしょう?」

 そして、残りの二人は、『セシル』 と居残りである。

 残った二人の子供は居残り組みだが、今の子供達なら、人質にされたと考えていても不思議はない。

 なんだか、驚きもせず、動揺も見せず、スラム街のクソガキ共を前にしても態度が変わらず、おまけに、何を質問しても答えが返って来て、スラスラ、あっさりと、次の行動が決まっているような感じだ。

 その感情が出ていたのか、目の前の少年が嫌そうに顔をしかめている。

「ああ、私が変わっているとは、よく言われることなんですよね」
「自慢、してるの、それ……」
「違いますよ。ただの事実です」

 自慢しているようにしか聞こえないが、少年は、それ以上、もう口を出さなかった。

 リアーガとユーリカは二人の子供を連れ、また、王都の街中に戻って行く。今回は、仕方なく、セシルとイシュトールのマントを貸しているので、ズルズルと引きずっているが、それをしっかりと子供達に被せて。

 歩く速度よりも荷馬車の方が、ある程度のスピードがあるので、イシュトールが荷馬車を引いていった。

「五人だったとは、気付きませんでしたわ。驚きですね」

 そして、その口調も、態度も、全く驚いているようには見えない。聞こえない。

「――貴族のオジョーサマなんでしょ」
「そうですね。セシル・ヘルバートと言います。ヘルバート伯爵家の長女です」

「伯爵家……。貴族の変人なんか、いっぱいいるんでしょ」
「私は、自分のことを変人だと思っていないのですけれどね」

 ただ、少々(いや、かなり)変わっている、といつも言われているだけだ。

 それに、他の貴族が変人なのかどうか、『セシル』 もあまりよくは知らない。なにしろ、今の所、領地の統治が多忙で、ノーウッド王国の貴族なんか、ほとんど避けている状態だったから。

「警戒を緩めないことは、いいことです。慎重なことも、そうです。隙を見せずなら、それはとても重要なことですから」

「説教しないでよ」
「ただの教訓ですよ」

 つらっと、そんなことを返す『セシル』 に、少年も冷たい顔だ。

「あなたの名前は?」
「――――――フィロ」

 かなり長い間があってから、ボソッと、一言だけを呟いた少年だった。

「では、フィロ。これからしばらく顔を合わせて行くことになりますから、よろしくね?」

 だが、無言だけが返って来た。

 『セシル』はそんな偉そうな態度にも全く気にした様子はなく、おかしそうに笑んでいるだけだった。

「絶対に、変人だ」
「そんなことありませんよ」


< 310 / 312 >

この作品をシェア

pagetop