奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 長い行列は続き、興奮した様子の子供達、待ち切れない領民達が、次々に、セシルから『祝福』を受け取って行く。

 アッと言う間に二時間ほどが経っていても、『祝福』 の儀式を見ているギルバートは、そんな時間が過ぎてしまったことさえ、頭に入っていなかった。

 ただ、焚火の灯りにともされて輝いているセシルの姿を見詰めながら、『祝福』 を送る動きや、セシルの表情、それをずっと見つめていて、それだけで――心が満たされていく気分だったのだ。

 壇上には――見慣れた顔が上がっていた。
 以前に、セシルから聞いていた、セシルが雇っているという傭兵だ。でも、この領地の出身で、ずっとセシルに仕えている一人だと聞いている、リアーガだ。

 セシルからの『祝福』 受け終わり、リアーガがスッと立ち上がった。手に持っている小さなケーキも、パクッと口の中に放り込んでいく。

 一口で簡単に食べ終えたリアーガが、セシルに向き直った。

 それで、何を突然思ったのか、その腕が伸ばされ、セシルの腕の周りを柔らかに流れている銀髪の裾を、手に取ったのだ。

 スーっと、流れるような髪の毛をリアーガが指で梳いていき、それで、毛先に届いた手で軽く握り返した。
 リアーガはゆっくりと屈んでいき、握っているセシルの髪の毛先に、そっと、キスをしたのだ。

 その光景を、席に座っているギルバートが、ただ何も言わず、静かに見上げている。

 チロッと、クリストフの視線だけが隣にいるギルバートに向けられるが、ギルバートも何も言わない。

 髪の毛にキスし終えたリアーガが立ち上がると、自分を静かに見ているセシルに向かい、ニィっと、口元を曲げてみせた。

「お嬢にも、健やかに、そして、強く前に進んでいけますように」
「ありがとう、リアーガ」

 それだけの短い会話で終わっていた。

 次に並んで待っている領民の為、リアーガが壇上をゆっくりと下りていく。――その一瞬だけ、リアーガの視線だけが、一番前の席に座っているギルバートに投げられた。

 すぐに、そんなことさえもなかったかのように、リアーガが、のんびりと後ろの席の方に戻っていく。

「――――宣戦布告、ですね」

 ギルバートは、クリストフに返事をしない。

 あのセシルを望む、求める男がいたって、全く不思議ではないからだ。

 そして、あのリアーガは、セシルの話からしても、セシルと共に、領地の歴史をずっと一緒に経験してきた、最初の領地の移民である。
 それだけ長くセシルの傍にいて、セシルを見て来た男が――セシルを望まないはずがなかった。




 それから、領民全員の『祝福』 の儀式が粛々と行われ、豊穣祭実行委員長からの最後の挨拶を終えていた。

 セシルは壇上から下りてきて、最前席のギルバート達の前にゆっくりと寄ってくる。
 スッと、ギルバート達が、一斉に立ち上がっていた。

 それを見て、セシルが後ろの執事からケーキを受け取った。

「どうぞ」

 ギルバートは、両手で小さなケーキを受け取った。そして、言われる前に、スッと、膝をつく。

 セシルが少しだけ屈み、そっと、その唇が、ギルバートの額の上の髪の上に寄せられた。
 サラサラと、長い髪の毛がギルバートの顔に落ち、そして、鼻に届く――(ほの)かな薔薇の香り。

「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとうございます」

 どうやら、ギルバートは、今年も、女神から『祝福』 を授かることができたらしい。
 なんて、幸運なことだろうか。

 立ち上がったギルバートの隣で、クリストフも同じように膝を折っていた。

 間近で見たセシルのドレスは、薔薇の花の模様が刺繍されていたのだ。
 あれだけの凝った華麗な刺繍をドレスに縫い込むなど、ものすごい時間と労力を費やしたことだろうに。

 それでも、領地のお針子達は、この豊穣祭で、理由なしにセシルを飾り立てられるだけに、それだけの時間と苦労をかけて、セシルのドレスを作り上げたのだろう。

 なにしろ、領主であるセシルの『祝福』 の儀式は、豊穣祭・後夜祭のメインイベントだ。

 セシルが目立たなくてして、意味があるはずもない!

 その意気込みも強く、去年の豊穣祭が終わるとすぐに、次の年の豊穣祭のドレスのデザインに取り掛かるお針子達だ。

 デザインが決まると、セシルと相談しながら手直しをし、今度は、デザインにあった布探しで大変なのだ。

 お針子の何人かは、大抵、布探しの役割を当てられ、それからノーウッド王国の王都に向かい、ありとあらゆる縫製商や、生地・洋裁店などを回りに回り、()()の“セシル”のドレスの為に、余念がないほどだ。

 時には、リアーガ達のような外回りの傭兵にだって、外国の生地やら、糸やら、飾りものやら、ありとあらゆるものをお願いして(ものすごい勢いで命令して……)、そこら中から、色々な布地を集めることだってあるらしい(シリル談)。

 それだけ手の込んだ、精魂込めた()()を、豊穣祭の為に作り上げる。

 豊穣祭は、領地でも特別なイベントであり、一年でも、この日だけは、本当に特別な意味を持つ。

 だから、領主であるセシルのドレスが神々しく、それでいて華やかだったり、(うるわ)しげだったり、豪奢だったり、その時によりドレスのテーマが違うらしいが、そのドレスを着るセシルを見に来るのも、領民達の間で(密かな) 楽しみになっているのだ。

 シリルに言わせると――もっと、普段から、貴族らしいドレスを着込んでいれば、きっと、ここまで意気込んで、全身全霊をかけたドレス(コンテスト) にはならなかっただろう、という話ではあるが――うん、ギルバートは、その点には深く指摘しない。

 セシルは、いつ見ても、いつ来ても、ズボン姿が多い。
 もう、そのセシルに慣れたから、驚くことはない。

 でも、貴族のご令嬢のようなドレスを着ているセシルだって、毎日が美しくて、見惚れていたギルバートだから、ズボン姿でもドレス姿でも、ギルバートにとっては、どちらでも良いのだ。

 本当に、ここまでくると、重症のギルバートだ。

 セシルが何を着ようと、セシルがいるだけで、なんでも美しい……とさえ、思えてしまうのだから。
 見惚れてしまうのだから。

「ご令嬢は、これから宿場町の方に出向かれるのですか?」
「ええ、そうです」

「もし……ご迷惑でなければ、私も一緒に同行しても良いでしょうか?」
「もちろんですわ。退屈になりませんこと?」

「いえ。このような儀式を見させていただけるのは、この領地だけです。見ているだけで、なんだか神聖な気分になります。それだけで、明日から、私も頑張っていけそうな気持になりますので」

「そのようにおっしゃってくださって、私も嬉しく思いますわ。では、二人だけですが、よろしいですか?」
「もちろんです」

 ギルバートが目線だけで合図をすると、残り二人の護衛は、心得た、という顔で頷き返した。

 去年も、ギルバートを待って、この大広場の会場で待っていた二人だ。待っている間も、領民達が寄って来て、食事を渡してくれたり、ジュースを渡してくれたりと、親切に世話をしてくれたのだ。

「姉上、私もご一緒していいですか?」
「ええ、もちろんです。では、今年もまた、このメンバーでよろしくお願いしますね?」


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