マフィアのお兄ちゃん、探してます

鞭からの飴

もう嫌だ……。
マフィアになるってことがとんなに辛いことか、理解していなかった。
こうやって味方に騙されたりするんだって。
湊は教えてくれなかったなぁ……。
溢れそうな涙をぐいっと手で拭い、リビングに向かう。
案内マップみたいな地図を真生さんから貰っていたおかげで、俺みたいな方向音痴でも無事にたどり着くことができた。
リビングに入ると、「お疲れ様です!白露様!」という声があちこちから飛んでくる。
ソファーに座ると、隣に誰かが座る気配がした。
「元気ないけどどーした?」
それはほがらかに笑う星願で。
「っぅ……きら……ぁっ」
我慢していた涙が1粒だけ、雫となって頬を伝う。
「どーしたの……とりあえず行こ?」
星願はそう微笑んで俺の涙を拭うと、腕を引っ張る。
周りがザワザワしているけれど、それを気にせずスタスタ歩いていく星願。
俺よりも少しだけ大きな背中。
アクアマリン色の髪が揺れる。
少しだけ、どきっとしたのは内緒。


「うん、ここならいいかな」
人気の無い薄暗い地下通路。
「あっ、俺が白露に何かする気はないよ!安心してね!?」
慌てたように付け足されたその言葉に、ふっと笑う。
「ありがとう……」
星願はポケットからチョコレートの包みを取り出して、俺の手に握らせる。
「これ、こっそりキッチンからパクってきたやつ!……内緒ね」
ニコッと笑う星願にまたどきりとする。
「色々ありがとう、星願……」
「ううん、大丈夫だよ」
こうやって、空気を読んで、気をきかせてくれるのも凄いと思う。
星願には感謝の気持ちでいっぱいだ。




星願が仕事で居なくなったあと、もう1回リビングに行き直すことにした。
青い髪の毛をさらりと流して、耳にかける。
前髪をセンターで分けて、いつもの髪型を作る。
途中トイレに寄って、目を確認。
よし、腫れてない!
あ、でも……センター分けだと目が目立つかも。
そう思い直して、トイレで鏡を見ながら前髪をセットする。
備え付けのクシで髪をとく。
真冬兄と立夏兄と一緒の青髪。
これは生まれつきで、2人も染めていないはず。
これは、兄弟の証だから。
2人とも染めたりしないって言ってた。
まぁ、立夏兄は白色が好きすぎて、一部分だけメッシュを入れているけれど……。
あとは……伊達メガネでもつけようかな。
目が疲れそうなときにかけていたもの。
仕事で正体を隠すためにも使えると湊に念押しされたから、最近はいつも持ち歩いているようにしている。
薄い黒色フレームの丸メガネ。
これは、小さい頃の真冬兄からの誕生日プレゼント。
真冬兄がわざわざメガネ店に行って、店員さんに俺の写真を見せて、「この子に似合うメガネください!」って言ったらしい。
店員さんが誕生日プレゼントだからってサービスして、メガネケースもくれたんだって。
店員さんが優しくて良かったね、真冬兄……なんて話したのを覚えてる。
あとは、首元のネックレス。
こっちは立夏兄から。
俺が9月生まれだから、誕生石のサファイアが埋め込まれているんだ。
まぁバリバリ校則違反だけど、バレなきゃセーフだし。
懐かしい思い出を抱きしめて、ぱちぱちとほっぺを叩く。
「よぉーし、頑張るぞぉー!」
そう小さく声に出して、気合いを入れ直す。
星願だけじゃなくて、海くんとか悠里くん、柊馬くんともお話ししたいんだよなぁ……。
あとで話しかけてみようっと。
そう思って、トイレを出る。
そこで、ばったり真生さんに出会う。
「真生さん!こんにちは」
「?あ、あぁ、白露様。どうも、こんにちは」
どうやら真生さんはお疲れ様みたい。
目の下にくまができてる。
「あの、真生さん。良かったらこれ、どうぞ」
いつも持っている小さい肩掛けバッグからキャンディーの包みを取り出して、真生さんに渡す。
甘党か辛党かわからなかったから、とりあえずレモン味のキャンディーを2つ渡した。
「いいんですか?」
「はい!どうぞ」
「ありがとうございます……今度何かお礼を致しますね」
真生さんの爆弾発言に目を見開く。
「いやいやいや、大丈夫です!真生さんにはいつもお世話になってるので、感謝の気持ちです!」
そう言ってぶんぶん手を振る。
「そうですか……では、ありがたく頂戴します」
くすりと笑った真生さんは、俺の頭をくしゃりと撫でた。
真生さんって……誰かに似てる気がするんだよね……。
濡れたようにつややかな黒髪。横に四角いメガネから見える、少しだけグレーの混じった黒色の瞳。ピシッと整えられたユニフォームに、赤色のネクタイ。
胸元には、アールアールの文字の刺繍。
「どうかなさいましたか?」
不思議そうに尋ねてくる真生さん。
……あ。
どこか安心できる雰囲気。
溢れ出る、頼れるお兄さんタイプ感。
真冬兄に、似てるんだ……。
そうだと1度思ってしまえば、もうそうだとしか思えなくなった。
「白露様……?」
不思議そうに尋ねてくる声色や仕草は、もう真冬兄にしか思えなくて。
俺は、咄嗟に真生さんのメガネをぱっと奪った。
「っ、え!?」
目を見開く真生さん。
「……まふゆ、にぃ……?」
そこには、俺のよく知る見慣れた顔があった。
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