天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
天妃の憂いで地上に雨が降る

「ああ、不思議な気分。ほんとうに誰にも見つからなかったなんて!」

 萌黄が興奮した顔で言った。
 鶯たちは斎王の居室から広大な斎宮内を歩き、正門から堂々と外へ出てきた。
 その間、斎宮で従事している巫女や白拍子や下女と鉢合わせることはなかった。気配はあるのに面白いほどすれ違って気づかれないのだ。天妃の(まじな)いはとっても強力である。

「鶯、すごい! なんだか感動したよ!」
「ふふふ、任せてください。またこうして連れ出してあげますからね」
「うん、ありがとう!」
「ははうえ、オレもしたい! そのまじない、オレにもおしえろ!」
「いいですよ。あなたの神気ならすぐに使えるようになるでしょう」
「やった〜! ちちうえ、ははうえがおしえてくれるって!」

 紫紺が嬉しそうに黒緋に伝えにいく。
 紫紺の父上は天帝の黒緋、母上は天妃の鶯である。そんな二人から生まれた紫紺と青藍も強い神気を持っていた。普通の子どもには発動不可能な術も、紫紺や青藍にとっては可能だった。
 黒緋は青藍を抱っこしながら紫紺に頷いて答える。

「そうだな、お前ならすぐ使えるようになる。これは結界術の応用だが、コツを掴めば早いぞ」
「できる。オレはつよいんだ」
「あいっ。ばぶぶ!」

 紫紺と青藍が(にぎ)やかにおしゃべりした。
 黒緋は騒がしい息子たちに苦笑し、鶯に話しかける。

「鶯、今日は伊勢の山だがまた斎宮も案内してくれ。あとお前が生まれた村も。お前が育った場所は全部見ておきたい」
「いいですよ。今度は村へ行きましょう。小さな村ですが、近くに美しい滝があるんです」
「ああ。その次は斎宮に」
「斎宮はさっき歩いたからいいじゃないですか」

 鶯はやんわり拒否した。
 しかもなぜか機嫌まで下降している。
 そんな鶯に黒緋は(いぶか)しむ。……ついさっきまで上機嫌だったのに、突然不機嫌になってしまったのだ。
 黒緋は訳が分からない。他の女人なら上手く機嫌を取って流してしまうこともできるが、鶯が相手ともなると放っておけない。
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