「めでたし めでたし」から始まる物語

2.娘の疑問

 この国で()()()()()()を娘に読んで聞かせると、娘は心底不思議そうな顔で訊ねてきました。

「……お母様、それが()()()殿()()()()()()の物語?」

「ええ、そうよ」

「どうしてお話の中の側妃様は『お妃様』と表現されているのですか?これではまるで『王太子妃殿下』だと勘違いされてしまいます。側妃様は飽く迄も一妃に過ぎません。決して『正妃』ではありませんのに……。何故、王家はこのような()を訂正しないのですか?」

 娘の疑問に私は苦笑しました。
 今年、五歳になる娘ですら疑問を持つ物語の内容に疑問を持たない民は多いからです。いいえ、国民だけではありません。下位貴族の大半がコレを真実だと信じているのですから。かと言って幼い娘に虚偽を教える訳にもいきませんし……こればかりは仕方ありませんね。

「エレノア、『側妃』もまた『妃』よ。物語は『お妃様』と表現されているだけで『正妃』か『側妃』かは関係ないわ。この物語を読んだ者達がどう判断するかは別にしてね。それに、王太子殿下は現時点で『妃』と呼ばれる女性は()()しかいないわ。だから間違いではないわね」

 私の説明に娘は納得した表情で更に質問をしてきました。

「つまり、王太子殿下に『妃』と呼べる方が他にいれば()()()()()がなされるのですね」

「……通常はそうなるでしょうね。さぁ、もう、おやすみなさい」

 私は本を閉じると、娘に眠る事を促したのです。

「は~い。おやすみなさい。お母様」

「おやすみなさい。エレノア」



 パタン。
 ゆっくりと娘の寝室のドアを閉めると、そこには夫が立っていました。


「エレノアは眠ったかい?」

「今、寝ようとしているところだわ」

 夫は私の持っている本に気が付くと一瞬眉を顰める瞬間を見ました。彼はこの物語を嫌悪していますからそれも仕方ありません。

「あの子にその話を聞かせたのかい?」

「ええ、()()()()()()()()()()()ですもの。知らないと色々と困るでしょう?」

「……あんなものが人気とは世も末だ」

()()()に文句を言わないでくださいな」


 王太子と側妃のアレなストーリーが描かれた御伽噺は王国内で大人気で、劇や人形芝居の演目の一つになっている程です。
 しかも吟遊詩人が鼻唄にして流す事が一番多いのも、この御伽噺でした。現実と物語にどれほどの違いがあるかを国民の大半が疑問視しないのです。それが現実であると錯覚する程の人気ぶりだといえば、私の娘が疑問に思うのも無理はありません。淑女教育が始まったばかりの娘が物語の不自然さに違和感を覚えているというのに……。国民や一部の貴族達が「おかしい」と判断できるのは何時になるのでしょう?


 現実は御伽噺のように美しくはありませんのに。





「何時まで王太子でいられるか見ものだな」

「お口の悪いこと」

「本当の事だろう?」

 否定は致しません。
 ですが、夫は一つ忘れていますわ。

()()()()()()()()()()()かもしれませんわよ?」

「ん?」

「国王陛下が御健在のうちは王太子の座に居続けるでしょうね。その後は知りませんが……」

「陛下も甘い」

「一人息子ですからね。仕方ありませんわ。それに、殿下が()()()()()()()事は既に決められていますもの。後継者をゆっくり吟味するのも必要ですわ。王太子殿下のようになっては困りますからね」

「自業自得だ」

 吐き捨てるように言う夫に、私は微笑む事で同意を表しました。中継ぎの王にすらなれない可哀想な殿下。本人が未だにそれを知らない事は良い事なのか、それとも悪い事なのか……。知ればきっと騒ぎ立てるでしょうね。
 あら?
 もしかすると、それを見越して誰も当人たちに知らせないのかしら?



 私の旧姓は、アリエノール・ラヌルフ。
 ラヌルフ公爵令嬢であった私は、御伽噺に出てくる『王太子の元婚約者』。
 夫と結婚して、アリエノール・ラヌルフ・ギレム公爵夫人になっているものの、嘗ての婚約者(王太子殿下)に思うところがないと言えば嘘になりますわ。


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