身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
 アウグスト・バルツァー。25歳。彼はバルツァー侯爵家の次男として生まれたが、愛妾の子供だったため、後継者の権利を有さなかった。よって、彼は貴族の子息教育を受けず、むしろ市井の子供たちに交じって暮らしていた。朝になればバルツァー侯爵家の裏口から出て、領地内の子供たちと共に遊んだり、その辺の店屋の手伝いをしたりして、子供の頃は過ごしていた。

 そもそも母親はバルツァー侯爵との蜜月を楽しむ人生を送っており、彼の行いについて何も干渉をしなかった。彼が侯爵家の裏口から出る頃に母親は眠っていたし、戻って来る頃は「これから侯爵との逢瀬を楽しむのだ」と着飾っている最中であることがほとんどだ。彼は、そんな母親を母とは思わずに生活をしていた。

 彼が13歳の頃、その母親が死んだ。そして、彼は完全にバルツァー侯爵家を「寝泊りするだけ」の場所にして、日々を街中で過ごした。そのうち、商人に声をかけられ、彼は父親に内緒で近くの学校に通うようになる。そこでは貴族子息の教育とはまた違った教育が施されていた。商人になるには、無学文盲ではよろしくない。それは商人たちの共通認識だったし、そこでは国内に留まらず国外のことも学ぶことが出来た。

 アウグストは侯爵家から独立するため、ひっきりなしに勉強をし続けた。そして、彼に声をかけてくれた商人の元に見習いとなり、商談に同行をさせてもらうことも増えた。バルツァー侯爵家に戻らない日も多かった。そんな彼を咎める者は一人もおらず、どんどん彼は商売の世界にのめりこんでいった。

 しかし、彼が18歳になった翌日。バルツァー侯爵家の別荘に出かけていた家族――父親と本妻、異母兄と異母妹の4人――を乗せた馬車が盗賊に襲われた。そして、その時に抵抗をしたせいで、異母兄と本妻は盗賊たちの手によって殺されてしまった。ようやく侯爵家に戻って来た父親は一気に老け込んでしまっていたし、異母妹はショックを受けて塞ぎこみ、アウグストの叔父が代理人としてバルツァー侯爵領を治めることになった。

 しかし、何を思ったのか、バルツァー侯爵は「アウグストに後を継がせる」と言い始め、彼を無理矢理後継者にしてしまう。

 それにはアウグストも反対をして「叔父さんがいるでしょう」と言ったものの、どうも代理人になっていた叔父も歯切れが悪い。一体何がどうしたのか、と話を聞いたところ……。

「アウグスト。このバルツァー侯爵領の経営はよろしくない。お前の父と母は、内緒で借金に借金を重ねていたようだ」

 と、とんでもないことを言い出されてしまう。何の冗談かと思ったが、まったくこれが冗談ではなく、その借金の返済は、後3年後との話。これにはアウグストも寝耳に水とばかりに衝撃を受けた。

「そして、更に残念な話をする。その借金は、お前の父が支払わなければ、次はわたしではなくお前に支払い義務が発生するようになっている」

「は……?」

「本来ならば、お前の兄だったのだろうが、残念なことに亡くなってしまっているしな」

「一体、どうしてそんな……」

 何をどう言ってみようが、それらの話は事実だった。サインをした覚えもない書類が大量に出て来て、どうにかしようと思っても結果的にそれをくつがえすことは難しかった。それを機として、アウグストはバルツァー侯爵家にあった様々な資料をひっくり返し、借金以外にも、鉱山の所有権にも期限があって2年後には手放す予定になっているとも知った。

 これはもうどうしようもない、とアウグストは叔父に頭を下げた。領地の経営は叔父にある程度任せながら、彼は商人の手を借りて拙い商売を始めた。そして、彼の商売はあっという間に軌道に乗って、3年間でその借金を返済することになった。

 しかし、金があるところには色々な悪意が集まって来る。商人も、商人ではない者も。男も、そして、女は特に。

 侯爵という肩書きがあっても、彼は愛妾の子供だ。本来、後継ぎになる権利を持たない者。側室の子供までしか認められない後継者になった彼は、陰で噂をされていることをよく知っていた。そんな彼の元に嫁ぎたいと言う女性たちは、おおよそ金目当て。同じ貴族であっても、財力が違う。それだけで、彼は人々のターゲットになった。

 彼は借金返済後もどんどんその商才を振るって、あっという間に財を築いた。そして、未だにそれは右肩あがりだ。そうなれば、血統が整っていても財がない……それこそヒルシュ子爵家のようなところから……女性を紹介され、どうにか婚姻出来ないかと画策する者たちが出ても不思議ではない。

 彼は、それからの数年何度も女性と付き合い、その都度、何度も「自分ではなく自分が持つ財」を狙っていることに辟易をした。おかげで、今では見事に女性嫌いになってしまった。挙句、今回のように「自分も同じことをしても良い」と、血統やら何やらだけを求めて婚姻を申し込む始末。

 だが、彼にとってそれは「他人に狙われるならば、むしろ自分が選んでしまえばいい」と言う苦渋の想い。彼は彼で、苦しんだ挙句の選択だったのだ。

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