オディールが死んだ日に
彼女は口を開けて大声で笑うことはあまりなかった。目を吊り上げて怒ることも、口をとがらせて背を向け拗ねることも、両手で顔を覆い涙を流しながら悲しむことも。まるで表情をどこかに落としてきたかのように。
だが唯一そんな彼女が笑ったり悲しんだり怒ったりする”場所”は存在する。
それが彼女の仕事―――クラシックバレエの”舞台”だ。
そう、彼女はプロのバレエダンサー。
今年37になる彼女は18でプロデビューしてから約20年と言うキャリアがありながらも、やはり続々と現れる新生たちに後を押され気味だった。今回の舞台も確か……あ、そうそう今流れている曲、思い出した、チャイコフスキーの「ハムレット」だった。そのハムレットの舞台でも端役とはいかないまでも、主役を張れるものではないことを少しばかり嘆いていたのを覚えている。
俺は生まれてこの方35年間ほぼバレエなんて無縁の世界で生きてきたから、彼女の努力や苦労がどれぐらいのものか分からないが、それでも日々体系維持のためレッスンは勿論、食事制限やイメージトレーニングに事欠かさなかったことを知るとあっぱれとすら思う。
彼女の生活に合わせるのは苦ではなかったが、世界中を飛び回っている彼女と会社を経営している俺との間に二人っきりの時間が極端に少ないのは少々不満だ。
そんな俺たちの会話は彼女が物静かで口数が少ないこともあってか二人っきりの時間を過ごしていても、大した会話はない。しかし今、彼女ははじめて『大事な話』と言うワードを出した。
何故だか知らないがごくりと喉が鳴った。