ジングルベルは、もう鳴らない

第27話 この気持ちはきっと恋だった

「松村さん。ごめんなさい。実は、気付いてたんです。前に僕が出してたカレー屋に、お友達と一緒に来てくれましたよね。ブンタを撫でて貰った後です。でも、僕は声が掛けられなかった。あの時」


 話を続けようとした斎藤を遮り、いいんです、と強めに言った。できるだけ笑顔を作ったつもりだが、ぎこちないだろう。樹里だって、ブリキのように硬い頬に違和感を感じている。今、心の中にあるのは、あのカレー屋が見つかった喜びだろうか。それとも、あの日見られた恥ずかしさか。いや、違う。つまり、斎藤はあのカレー屋の主人ということ。ならば、ヒロミという名の彼女がいる。あのプリンを持ってきてくれた可愛らしい女の子。それに気付いてしまったのだ。

 独身だと彼は言った。その言葉だけを鵜呑みにしていたが、どうして気付けなかったのか。未婚で彼女がいる。そんな当たり前のことを想像すらしていなかった。久しぶりの淡い感情に浮かれていたのだろうか。樹里は大盛にスプーンに乗せ、口へ運んだ。


「あぁ……カルダモン。そっかぁ。あのお店の方だったんですね」
「ごめんなさい。黙っているつもりじゃなかったんだけど。言い出しにくくなっちゃって。ほら……あの時」
「あぁ、あはは。みっともないところをお見せして。こちらの方こそ、すみませんでした」


 気持ちは重苦しい。思い出されたくないことを掘り返されている。あの時泣いていたから、と彼は言おうとしたのだろう。心配そうに眉尻を落として。樹里は何とか笑みを浮かべるが、そこに心などなかった。
< 104 / 196 >

この作品をシェア

pagetop