ジングルベルは、もう鳴らない
「何しに来たの」


 樹里から発せられたのは、驚くほど低い声だった。イライラとモヤモヤで、心に黒色が広がっていく。その顔を見たからだろうか。「他に会える方法が思いつかなかったんだ。ごめん」と、彼は素直に謝るが、それでも樹里が彼を見る目は冷たい。乙女のように緊張しながら、斎藤と並んで歩き始めたのに。心も淡く弾んで、家まで幸せに帰れるところだったのに。本当に最悪のタイミングだった。仮に重要な用事があったのだとしても、だ。普通、誰かといる時に話しかけないだろう。余計に腹が立った。


「樹里。やり直さないか、俺たち」
「……は?」


 驚く樹里を、千裕は真っ直ぐに見ていた。目を合わせてから、腰を折るように頭を下げる。一体、今更何を言い出すのか。千裕とやり直す気持ちなど、もう一ミリもない。こう言われて、プラスの感情が働かない。生まれたのは、苛立ちだけだ。ただ彼が、目の前から即座に消えてくれることだけを願っていた。


「いや、ないでしょ。自分が何をしたか分かってる?」


 あの時の悲しみが蘇り、虫唾が走った。それがまた、樹里の怒りを煽る。嬉しい、とでも言うと思ったのだろうか。


「樹里……話を聞いてくれ。頼む」


 そう言って、また深々とお辞儀をする白髪が混じり始めた頭を、ぼぅっと見つめた。付き合いたての頃になかったそれは、六年半の長さを表しているようだった。
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