ジングルベルは、もう鳴らない
「遅くなっても、ちゃんとお散歩に連れて行ってくれるんだね。パパは、優しいねぇ」
「いや、優しいって言うか……やっぱり懇願されたんですよ。リードを咥えて来て、行くでしょ? みたいな圧を掛けられました」
「そうなの? ブンタ」


 ブンタの顔を覗き込む。ハッハッと息を荒くしただけで、感情は読み取れない。ただ、嬉しそうなのは表情で分かった。この間、ブンタと長く過ごして、何となくでも犬の感情を知った気でいる。飼っている人は、ちょっとした反応を上手に読み解きながら過ごすのだろう。それは飼い主本位かも知れないが、犬が幸せならいいのかと思う。寒いよね、と斎藤が肩を縮こませたら、自然と樹里も笑っていた。あぁ、公園はもうすぐそこだ。何だか少し物足りない。でも楽しそうなブンタを見ると、こっちも幸せな気持ちになった。

 ふと斎藤を見上げると、ブンタではなく樹里を見ていた。何故か、ニコニコと笑みを浮かべて。何だろう。そう思っていると、気分転換くらいになったかな、と言う。とても穏やかな声だった。


「あぁ……ありがとうございます。でも、意外とスッキリしてるんですよ。モヤモヤしてたものが、晴れた感じです」
「そっか。帰り道、ちょっと元気なさそうだったから」
「あぁ、それは……また。別の。うぅん、いや。そうですね。ちょっと無理したのかも知れないなぁ」


 斎藤さんのことで落ち込んだりしてました、とは言えない。へへへ、と下を向いて鼻を擦ったら、大樹みたいだなと思った。

 その時、温かい大きな手が樹里の頭を撫でた。頑張ったね、と優しい声と共に。胸がキュッと締め付けられる。驚いて彼を見るが、どうしてだろう、ゆらゆら歪んでよく見えない。「ごめん。嫌だったね」と、彼はサッと手を引いた。樹里は、フルフルと小刻みに頭を振ることしかできなかった。
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