ジングルベルは、もう鳴らない
 店内に流れているのは、静かでお洒落なジングルベル。思ったより心は乱されていない。千裕を見限ったことと、陽気な雰囲気ではないことが功を制したのだろう。もしあの曲が流れたなら、きっと今も心が締め付けられることは目に見えている。


「ところで。朱莉こそ、昨日あの後どうしたのよ」
「え? あぁ。平野くんとラーメン食べた」
「あ、ラーメン……」
「話して思ったけど、アイツ意外といい奴だね」
「そうねぇ。ちょっと頼りないところはあるけれど、仕事の面だけで言ったら、最近は随分成長したよ。元来大人しい子だろうから、押しに弱いようなところはあるけれど」


 大樹はどう思ったろうか。一瞬、ラーメンかぁ、と思ったが、彼はそれでも嬉しかったかも知れない。わざわざ上司である樹里に連絡しては来ないだろうが、月曜日の反応は楽しみだ。温かく受け止める準備はしておこうと思った。


「あの人、変わるよね。きっと」
「ん? あぁ小笠原さん?」
「そう」
「そうね。ちゃんと見ててくれる人、いるから。きっと、すぐよ」
「そうなの」


 意味深な笑みを浮かべて、頷いた。

 昨日千裕に会って、思い出したことがある。いつだったか、同期の真面目な男から連絡が着ていたことを。『何もないと思うけど、千裕が暴走しそうだから気をつけて』と。千裕の様子と香澄のことを知らせる内容だった。そんなに気にも留めていなかったが、昨日のアレだ。『無事、方がついたよ』とだけ連絡したのである。それから話を聞けば、彼は全てを見ていたのだ。香澄に樹里たちのことを話したのも彼。それはずっと香澄が、千裕を見ていることに気付いていたから――
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