ジングルベルは、もう鳴らない
「ブンタは、保護犬だったんです」
「保護犬、ですか」
「えぇ。前の飼い主の飼育放棄で。まだ小さい時にウチに来たんですけどね、初めは怯えて。今はだいぶ落ち着きましたけど、やはり人間に警戒をしてしまうことが多くて。でも、お姉さんには自分の意志で歩み寄った。ご迷惑だったでしょうけれど、僕はそれが嬉しかったんです。今日もこうしてお姉さんに甘えちゃいましたけど、また撫でてもらえたらありがたいです」


 そんなことがあったなんて、考えもしなかった。生まれた時から皆に愛されて、可愛がられて来たのだと思っていた。自分の考えだけで決め付けるのは良くない。今日はそんな反省ばかりだ。


「私は……お兄さんのお家に貰われて、ブンタはとっても幸せだと思います」
「そうですかねぇ。それならいいんだけど」
「私は、ほんの一瞬しか知らないけれど。でも、ブンタはとっても幸せそうに見えます。それに、お兄さんを信頼してますし」
「そうかなぁ。そうかぁ……何か、ありがとう」


 照れくさそうにはにかんだ彼。樹里は、ちょっとホッとした。ブンタは言葉を喋らないから、きっと不安なこともあったのだろう。嘘でも誇張でもなく、ブンタは幸せそうに見える。だからきっと、これからも二人は幸せだと思った。


「今日は月が綺麗ですね」
「え?」
「ほら。ちょっとしか見えないけど」


 彼はスッと空を指差した。ゆっくりと、瞳はそれを追う。夜空には確かに綺麗な月光。隠れて全ては見えないというのに、その僅かな光でさえも美しい。あんなにしょっちゅう見上げていたのに。全て一緒に忘れてしまおうとしていたことに気づく。そうして、久しぶりに誰かと共有できた喜び。樹里の胸が、小さく鳴った。
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