ジングルベルは、もう鳴らない
「すみません。寝ちゃって」
「おはようございます」
「あっ、えっと。おはようございます」


 樹里は焦っていたが、斎藤は落ち着いていた。その笑みから、母親は無事だったのだろうと悟り、ホッと胸を撫で下ろす。気付けばブンタはもう斎藤に撫でられ、いつものような明るさに戻っている。息を荒くし、全身から溢れ出る喜び。良かった。幸せそうだ。何だか樹里まで、安堵で泣きそうになる。 

 結果として、斎藤の母は病気などではなかったらしい。風呂場で転び、骨折したという。念のため入院をし、今日は検査。明日にも退院できるようだ。足じゃなかったのが幸いだよ、と斎藤は笑った。高齢者の足の骨折は、そのまま歩けなくなることもあると聞いたことがある。腕でも大変だと思ったが、それを考えたらまだ腕で良かったのかも知れない。そう、ひっそりと思った。

 ブンタは腹を出し、撫でて、とアピールし続けている。不安の色が消えたブンタと楽しそうに撫でまわす斎藤。目を細めて彼らを見ながら、ああやってやるのか、、と実は驚いている。加減が分からず、恐る恐る丁寧に撫でていた樹里。一方、斎藤はそれは豪快に撫でまわしている。動物を飼ったことのない樹里は、おっかなびっくりで接してばかりだった。この年で初体験だな、隠れて表情を崩した。すると、気持ちよさそうに撫でられていたブンタが、急にハッとしたように起き上がる。そして、さっき食べなかったご飯へ一直線に駆け出したのだ。ホッとしたら、腹が減ったのを思い出したのだろうか。樹里と斎藤は驚き視線を合わせると、少し間を空け腹を抱えた。それはちょっとだけ、幸せだなと思った。


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