婚約破棄?   それなら僕が君の手を

プロローグ

 ランドリア王国筆頭公爵家四男リシェル・ケントは、兄の婚約者サシャと共に、ボードン侯爵家のタウンハウスでの夜会に来ていた。

 何故、リシェルが兄の婚約者をエスコートすることになったのか。

 元々夜会には公爵家長男のアンジェロが婚約者のサシャと参加する予定だった。ボードン侯爵家はサシャの母方の実家で、ケント公爵家としては招待を断る訳にはいかない。
 だが、この夜会の数日前、王都から離れたケント公爵家の第二の領地で少し大きな地震が発生し、公爵以下、長男と次男が取り急ぎ領地に向かったのだ。被害は然程でもなかったと連絡が来たが、後処理の為にしばらくは王都に戻れないらしい。
 というわけで、リシェルが急遽長兄の代理を務めることになった。ちなみに三番目の兄は近衛騎士で、今夜も王宮から離れられない。

「リシェル様、いくらなんでも緊張しすぎですわ。」
エスコートして歩いているだけなのだが、リシェルの緊張が相手に伝わってしまう。
「サシャ様、夜会のようなところは学園の卒業パーティー以来なのです。その前は王宮でのデビューの舞踏会で、今日が3回目なのですよ。緊張するなというのが無理です。」
リシェルは大きなため息をついた。
 性格上煌びやかな場所を好まないリシェルは、仕事が忙しいからと断ればよかった、と思い始めていた。リシェルの職場は王宮府の中にあり、それなりに忙しい。三番目の兄の方が社交は向いているのに、と思うが根は真面目なので言われるがままに引き受けてしまった。

 会場の入口付近でリシェルが緊張して佇んでいると、後ろから歩いてきた人物に、ドン!とぶつかられた。痛くて左肩を押さえている間に、その人物は中央にずんずんと歩いて行く。
「……なんなの?あれ。」
「リシェル様、大丈夫ですか?」
「ぶつかっておいて謝罪もないなんて、酷いな。」
「何を慌てていらしたのかしらね。」
「まったくだよ。」
リシェルはぶつかって来た人物に覚えがなかった。似たような年齢だったので学園で会った事があるかもしれないが、社交的な事をあまりしなかったリシェルには思い出せなかった。
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