婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 ただ、リシェルはルーナが婚約者を愛していた訳ではないと知って少なからず安堵した。あの場で婚約破棄を言い渡したのは、ゲイツ家に非が無いことを示したかったのだろう。ルーナやテイラー伯爵家の事は何も考慮されていない。そのことにはここにいる全員が違和感を感じている。
「なんだか、バラ農園を手に入れる為にルーナと婚約したように思われますわね。」
リシェルが言うのを躊躇っていたことをセイラが口にした。
「証拠の契約書は本物なのか?」
アントンも疑問を持っている。
「印璽が……間違いなく母のものなのです。ただ、我が家に残されている母の印璽が、私の記憶にあるものと少し違うような気がして……。でも調べようがなくて。」
ルーナは領地の境界線が書き換えられたことには疑問を抱いているようだ。
「どんな印璽だったの?」
リシェルが問いかける。
「印の部分は金で、持ち手のところは綺麗なピンクの石でした。小さなものですが本当に綺麗でした。でも最近父が持っているのを見た時、色や光の反射など、何かが違うと感じました。」
「それは怪しいですわね。」
「押されている印璽は、私の婚約契約書と同じで間違いはないと父が言っていました。だから、偽造ではないだろうと。」
「ルーナ嬢、話してくれてありがとう。」
「いえ、皆さんのおっしゃる通り、話すことで気持ちが少し整理されて落ち着きました。セイラ様、呼んで頂いてありがとうございます。」
セイラは微笑んで頷いている。
「アントン、セイラ嬢、ルーナ嬢が話してくれたことはここだけの話にしてもらいたいのだが。」
リシェルはニオル兄妹に頼んだ。王太子の案件のこともあり、ゲイツ侯爵家の内情はあまり広めたくない。アントンもセイラもそれについては了承してくれた。

 茶会の残りの時間は、リシェルがテイラー伯爵家で迷子になった件についてを根掘り葉掘り聞かれる事になった。
 ルーナが天使に見えた、というと、ルーナ自身も笑ってくれる。やはりルーナには笑顔が似合っている、とリシェルは思った。
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