政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない

桜子(さくらこ)にも見せてやりたかったな」
「……いきなりなんだよ」


丈太郎が唐突に母親の名前を出したため、柄にもなく動揺する。
丈太郎の口からその名が出たのは、彼女が家を出てから初めてだった。


「お前には辛い思いをさせたよな。不甲斐ない父親で申し訳なかったと思ってる。どうか桜子を恨まないでやってくれ」
「恨んではいない。ただ、永遠に守られない約束が悲しいだけだよ」
「約束? 桜子となにか約束をしたのか?」
「いつか必ず迎えにくるから。母さんはそう言っていたんだ。それなのに迎えどころか……」


一度も顔を見せないまま勝手に死んだ。

おかげで貴俊は〝約束〟にトラウマがある。
交わした約束を守るために必死になり、それでも破ってしまったときにはひどく落ち込む。

明花を探したのも、そのためだ。もちろん彼女との結婚は愛あってのものだが。


「貴俊には言えなかったんだが、桜子は一度、貴俊を引き取らせてほしいと願い出てきたことがある」
「……え?」
「生活の基盤も間もなく整うから、ぜひそうさせてほしいと。だが……」
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