きみの雫で潤して

第39話 目を閉じてみる景色と音で奏るメロディー

湊人は、
大量に野菜を切り刻んで、薄い餃子の皮に
包んで、円盤状に丸いフライパンに
並べていく。

近所のスーパーで買っていた
小瓶のにんにくを餃子のネタにたっぷり
入れていた。

フライパンで餃子を焼いている間、
小瓶の表示ラベルに注目するが、
そこまで頭に入ってこない。

まな板の上に置いていた割り箸を
手にとった。

おもむろに小瓶の蓋を割り箸で叩き始めた。

テンションが上がり、リズミカルに
打ち鳴らす。

研究に夢中になる前は大学のサークルの
バンドサークルでドラムを担当していた。
しばらく鳴らしていなかったため、
なんとなく叩きたくなった。
自宅にはドラムはない。

小瓶の蓋以外にも
カップ春雨ヌードルの蓋、
特盛カップうどんの蓋、
果物の缶詰の蓋を
楽器がわりに叩き始める。

家の中にいても、見もしない
ずっと同じワイドショーを
テレビで流しづつけ、
スマホ片手に動画配信を見続ける。

楽器演奏をするという行為は
何年振りだろうか。

楽しいバンド活動が懐かしく感じる。

だんだんと叩いてるうちに本格的になる。

赤い帽子のおじさんアクションゲームの
BGMを叩いてみたり、
今流行りの音楽に乗ってみたりしていた。

危なく、
フライパンの餃子が焦げそうになる。

コンロの火を止めて、ひっくり返した。

ちょうどよい焼き加減になっていた。

皿に盛りつけ終えると、
くたくたになった長袖シャツが
きゅっとのびた。

杏菜が、音に反応して、
目を覚ました。

シャツの裾を引っ張っていた。

「ん?どうした?
 腹減ったか?」

 箸を口にくわえて、
 出来上がった餃子をテーブルに運ぶ。

 杏菜は首を横に振った。

 台所のまな板に置いてあった
 小瓶を手探りで探した。

 指をさして、合図する。

「あー、その小瓶の音?
 気に入った?」

 無表情のまま、首を縦に何度も振る。
 杏菜は、湊人を真似して、
 割り箸で叩いてみる。
 うまく音を鳴らせない。

「俺を誰だと思ってる。
 伝説のドラマーをなめるなよ。」

「?」

 改めて、
 テーブルに必要な数の小瓶や
 カップ麺の蓋を集めて、
 割り箸でリズムを刻んだ。

 杏菜が好きな曲のリズムだった。

 杏菜の首が小刻みに揺れている。
 笑っていないが、楽しそうだった。

「そっか、音楽なら、
 目が見えなくても
 聴こえるもんな。
 よし、この餃子食べたら
 出かけよう。」

 杏菜も食卓に座り、割り箸を割った。

「食欲出た?」

「う…。」

 返事の代わりに頷いた。
 湊人は、杏菜の前に餃子の皿を置いた。
 小皿に酢としょうゆをいれる。
 杏菜が持った割り箸を
 上から一緒につかんで口に運ばせた。

 指でいいねのポーズをつくった。

「美味しかったんだな。
 それは良かった。」

 湊人の口角が上がった。

 杏菜が具合悪くなって、
 やっと食べられたのは、
 にんにくたっぷりの
 湊人の手作り餃子だった。


 ◻︎◻︎◻︎


 湊人は、クローゼットから移動して
 床に2つの大きなキャリーバックを
 置いて、ファスナーをどちらも開けた。

 杏菜は湊人の行動に首をかしげる。

「さてと、これはもう
 現実逃避行だな。
 今の杏菜にはそれしか方法はないと思う。
 思いきって、出かけるぞ。
 必要なものは洗面用具と着替えだな。」

 その言葉を聞いて、
 杏菜はびっくりする。
 慌てて自分のクローゼットを探し始めた。
 
 全部服を見られるなんて、
 恥ずかしすぎると感じた。
 いくら自分自身は見られないからと
 言って、すべてを湊人に見せられる
 わけがない。

「何してるんだよ?
 部屋散らかすなよ?」

 しっしっと湊人を避けた。

「はいはい。見るなってことね。」

 杏菜のクローゼットの中にある
 引き出しのケースには
 かなり派手な下着を隠していた。
 これはいくら相手にしてくれない湊人でも
 見られたくない。

 尻軽女だと言われ続けていても、
 羞恥心は持っている。

 本当に大事な時まで取っておきたいのだ。
 
 地味めな下着をまとめて、
 キャリーケースに入れた。
 
「準備できた?
 洗面用具は
 洗面所にまとめて置いてたから
 あれでいいよな。
 1週間くらい帰ってこないから
 そのつもりで準備して。
 俺は、こんなもんでいいだろう。」

 1週間というわりは、
 スカッスカのキャリーケース。
 何を入れてるのだろうか。
 杏菜は、手で触って確かめた。

「おい、俺のお気にいりのパンツに 
 触るなよ。」

(げ。)

 すごい嫌な顔をする杏菜に
 腹が立った湊人は、 
 両脇をくすぐって笑かそうとしたら、
 腕を力一杯振って、殴られそうになった。

「おっと、こわっ。」

 不機嫌な顔で、
 自分のキャリーケースの前にもどった。

「俺のは、いいから、
 自分の準備しろって。」

「……う。」
(もう終わったし。)

 手探りでファスナーを締めようとすると
 黙って、湊人は手伝った。

「……うぅ。」

「はいはい。
 『ありがと』ね、
 どういたしまして!」

 うまく言葉にできない。
 いつになったら、
 まともに会話できるんだろう。
 自信がない。
 自己開示するのも面倒になっていた。
 察してほしいという気持ちが
 強くなっている。

「あ、そろそろ行かないと…
 ほら、出かけるよ。」

 湊人は、2つのキャリーケースの取ってを
 取り出して、玄関にカラカラと
 運んでいく。

 杏菜は、髪をとかして、
 帽子を被った。
 ソファに置いていたショルダーバックを
 背負う。

 何ヶ月振りの外出だ。
 
 フラフラな軽い体を連れて、
 杏菜は外に出る。

 玄関のドアを開けると
 風が吹いていた。
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