推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます
共演編

19 初出社

 映画スタッフとの顔会わせから二週間経過した。
 連休を利用して上京した更紗は、如月が社長を務めるマークシー・プロダクションに訪問した。
 今日は普通のOL風の姿だ。

(本物の芸能事務所だー。訪問? 初出社になるのかな?)

 受付を済ませ、社長室に通される。

「如月社長。はじめまして。このたびはありがとうございます」
「いいえ。兵庫県からよくおいでくださいました」

 軽く挨拶を済ませ、二人は紅茶を飲みながら談笑する。

「早速お仕事ね。明後日に朝一でロケバス出発は聞いているわね? 明日、緊急でテレビ局に入って。エキストラの仕事が入ったの」
「え? わ、私なんかでいいんですか」
「映画にぱっとでて引退されても、ネットとかに不自然な経歴は残ってしまうの。だから、エキストラも可能な限りやってもらうわ。大丈夫。演技するようなことはないから」
「わかりました。ご配慮に感謝します」

 遙花の言うことももっともだ。それこそwikiなりで映画版ガントレットストライカー紫雷に出演して引退では何を書かれるかわからない。

「あなたの芸名はそうね。サラなんてどうかしら。シンプルにカタカナね。黒い衣装が多いから黒沢サラなんてどう?」
「げ、芸名まで必要ですか。本名はさすがにまずいですし必要ですね。黒沢サラいいですね」
「話の理解がある方。スムーズに話が進んで助かるわ」
「何もかも理由があってのことです。何より天海ソウという俳優の将来を護る為、ですよね?」
 
 その言葉に反応した遙花がにっこり笑う。

「頭が良くて良識がある人って大好きよ。隠すこともないわね。そうなの。さすがにこの時期ゴシップはまずい。今から大きく羽ばたくから」
「……私に手を引けというと思っていました」
「考えなかったといえば嘘になるけど、私も姑息な駆け引きは苦手なの。ソウから貴女を奪ったら、羽ばたく原動力を取り上げることになる。別にやましいことはしてないんだし、五年も経てばオープンにしていいぐらいですよ」
「そこは最大限気を付けるつもりです。彼、今年で十七ですからね」
「ええ。それなのに突っ走って。若いわー。第一手を引けといっても押しかけてるのはソウのほうですからね。どこに引くというのかしら」
「蒼真君の前から連絡が取れないよう、失踪するとか?」
「大昔の、出世したバンドマンを支えていたバンギャみたいな考え方は捨ててくださいね? そんなことをしても誰も幸せになりません」

 痛いところを突かれた更紗が、思わず蒼白になる。

「そうですね…… 浅慮でした」
「モチベーションというのは大切です。そして貴女がちゃんとソウ君を配慮して夜には宿泊しているホテルに返しているなどをしていることも知っています。第一ですね。俳優の恋愛禁止なんて、今に始まったことではありませんからね」
「は、はい」

 そう相槌を打つしかない更紗。

「もう同じ事務所ですし、一緒にいて不自然でもありませんからね。あとは堂々と、あと少しだけ待ってあげてください。蒼真のために。今決断は下さないで欲しいという、私の思惑もあります」
「そこで原動力の話になるんですね。私が早まって不釣り合いと結論付けて身を引いて、彼のモチベーションを大きく下げることだってあり得ると」
「その理解で問題ありません。一般人だった貴女を護るつもりもありましたが、私は天海ソウの才能を買っています。それなら貴女を同じステージに引き上げたほうが手っ取り早いんですよ。数回でも実績は実績です」
「私はその方針に賛成です。わかりました。結論はしばらく出さないことにします」
「ご理解いただきありがとうございます。それでね――」

 紅茶をすすり、遙花が切り出した。

「貴女もダイヤの原石だと思うんですよ。私」
「な、何を言い出すんですか!」
「ゴスロリが下火、もしくは海外向けのサブカルになっているのはご存じでしょう? モデルでも活躍できそうだなと。ええ。この写真を拝見しまして」

 夢洲レース場での写真がそこにあった。
 帽子を少し下げた瞬間が、ばっちり撮られている。蒼真の後ろ姿まできっちり入っていた。

「これカメラマンの奇跡の一枚ってヤツですよー」

(誰が撮ってたのー? なんでー?)

「撮影したのは特撮番組のスタッフのCA――カメラアシスタントさんですね。いい画像(え)だったから思わず、と。私もそう思います」

(CAさん何してくれてんのー!)

「この画像は監督、脚本家はもとより、配給会社やスポンサーにもすでに回っているわ。プレゼン用資料として採用されているの」
「えぇー」
「東品川にいるメインスポンサーの会社にはプロデューサーが説明しにいったし、原宿にはコラボできそうなブランドがたくさんあるわ。私服とは思えない出来ですよサラさん」

 さっそく芸名で更紗を呼び、意識させる遙花。

「あの超巨大エンタメメーカーにまで…… ありがとうございます……」

 自分なんかが恐れ多いとしか思えない更紗だ。東品川のメインスポンサーなどあの会社しかいない。

「貴女の現場マネージャーは萩岡律子が担当するわ。蒼真と兼任ね。小さな事務所だからチーフマネージャーや他の俳優とも兼任なのよ。あの子も仕事ができる子よ」
「律子さんがマネージャーをしてくれるんですか。でもソウさんのマネジメントで忙しいのでは」
「あなたの仕事なんてほんの少し。今のソウは一日中スタジオかロケ地よ。心配しなくてもいいわ」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「私としても同人作家さらさらの活動を止めてもらうことになりますから。できるだけのことはしますとも。落ち着いたらご自身の役と紫雷を書かれてもいいんじゃないかしら?」
「滅相もない! 恐れ多いですー」
「あら。私は読みたいわー。あ、これ。お願いします。さらさら先生。ここで描いていけるわよね?」
「スケブとコピック……? 何故社長が!」
「古の同人者といいましたよね。それぐらいありますとも。何せ娘も同人者ですから!」
「ひぃ」

 差し出されたスケブに、早速ペンを走らせる更紗だ。
 そんな更紗をにこにこと眺める遙花。昏い話題も多い芸能界で、こういう幸せな時間は短いのだとよく知っているのだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 更紗はマネージャーの律子とともにTV局にいた。
 あらかじめ用意されている訪問申請書で入局手続きを行い、ワンデイパスを発行してもらう。

「緊張するなー」
「緊張しない人はそんなにいませんよ」

 律子が優しくフォローしてくれる。

「役柄は喫茶店の客Bですね。セットの喫茶店内で座っているだけで大丈夫です」
「よかったー」
「報酬はその、そんなにありませんけどね。申し訳ないです」
「大丈夫です! 交通費が自費ではないだけ好待遇ですよ」

 実績作りなのだ。しかも交通費は事務所負担で助かる。
 更紗も特撮の公募エキストラには出演したことはあるが、エキストラは一日拘束される上に無報酬、現地集合だった。

「そういってもらえると助かりますね。大部屋の楽屋で待機してください」

 物置のような楽屋は女優のみならず、女性スタッフもひしめいている。

「おはようございます」
「おはようございます」

 律子にあわせて挨拶をする。空いているパイプ椅子に座る二人。
 以前は男女混合だったが、さすがに時世を配慮して大部屋も別となったと律子が小声で説明してくれた。いつものようにほぼ無言で通している。

(テレビ局だもんね。すごいなあ)

 一般人丸出しの更紗だったが、しっかりとワンデイパスをぶらさげているので何か言われることもなかった。

(そろそろ時間かな)

 そわそわしていると、スタッフに呼ばれ、セットの喫茶店に入る更紗。律子は別番組の打ち合わせでいったん離れるとのことだ。
 一人で空のコーヒーカップを手にとっていると、いつの間にか撮影は終わっていた。
 主演たちがいくどかNGをだしやり直したが、さほど時間もかからず、つつがなく撮影は終了した。

 楽屋に戻って、律子の迎えを待つのみだ。
 大部屋だけあって、TVでみたことがある芸能人が多い。男女別になっているので、女性のみだ。

(私、本当に場違いだなー)

 自分と同じようなエキストラもたくさんいるが、華やかさが違うと思う更紗だった。

「おはようございます」

 背後から聞き覚えのある声が挨拶してきた。背筋が凍る冷たさだ。

「おはようございます。さくらさん」
 恐る恐る振り返ると、笑顔だが目が笑っていない大谷さくらが立っていた。

(なんでこんなところにトップアイドルがいるのよー!)

「お久しぶりです。偶然ですね」
「どうしてここにいるんですかぁ?」

 これではどちらが年上かわからない。しかもキャリアは相手のほうが遥かに上だ。
(こわいよ-)

「今日はエキストラで……」
 ワンデイパスを掲げて見せた。
「へー。ふーん。どんなツテを使ったんでしょうか?」
「そこまでにしてあげなさい」
 そこに見知らぬ声がかかる。通りすがりのスタッフのようだ。
 ウェーブがかったカールがよく似合っている。更紗より少し年上に感じる女性が、二人の間を遮るように立っていた。
 通りすがりなのであろう。ウェーブがかったカールがよく似合っている。更紗より少し年上に感じる女性だった。
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