推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

23 やらかし

いよいよ映画の撮影が始まった。更紗は有給をとって参加だ。

 大量のスタッフがいるなか、不安で仕方がない更紗。
 演技指導みたいなものはなく、助監督の一人が更紗に伝える。

「台本は読みましたね? 立っているだけですが、簡単なようで難しいんですよね」
「そう思います」
「とはいってもマネキン代わりということなので気楽にしてください」
「わかりました!」

 幼少の頃の蒼真を思い出す。
 ダークウィドウは死んだ弟の面影を、秋月環に見いだして、それとなく彼を助ける敵だ。最後は自らが望んでガントレットストライカー紫雷に討たれる。
 はじめて脚本を手にしたとき、確かにダークウィドウで一本同人誌が描けるなと思った更紗だった。

 何回かリハーサルを行う。
 怪人役のスーツアクターが、実際の台詞まで喋ってくれる。そのあと、声優の声があてられるのだ。

 監督が助監督に囁く。 

「監督からです。『ダークウィドウになりきってください。幼少の頃の天海ソウさんをイメージして』だそうです。最後はどんな感情を浮かべるか、泣き笑い然とした感じで、ということです」
「難しいですね」
「僕もそう思います。まずはやってみましょう!」
「はい」

 本番がスタートする。

「何の真似だ。ダークウィドウ」
「退け。お前の任務は別だろう」

 表情一つ変えること無く、怪人に告げる更紗。

 倒れている秋月環に目をやる。
 弟の面影。
 幼い頃の蒼真を思い出し、再会したときを思う。死に別れだったらどう思うだろうか。

 同人作家の性だ。キャラの深掘り、解釈はやってしまう。勝手に深い洞察が生まれてしまう。それが同人者だ。いくら「作者はそこまで考えていない」といわれても。
 当然更紗は自分が演じることになり、ダークウィドウに関してはどうしても深掘りしてしまっていた。

 去って行く怪人。

(そっか)

 苦悶の表情を浮かべている環を演じる蒼真。

「何故俺を助けた……」

 このとき、更紗は哀しげな、そして儚い笑みを浮かべた。
 監督が食い入るように更紗を見詰める。

「二回も私の前から消えるな。ソウ――」

 マといいそうになってしまい、慌ててしゃがんで座り込む。あまりに子供の頃の蒼真をイメージしすぎてしまった。

「ごめんなさーい!」

 どっと笑いが起きる。さきほどの儚げな女性とはまったくの別人だったからだ。

「いえ。よかったと思いますよ。今の演技は素人とは思えません」

 怪人役のスーツアクターが更紗を慰める。
 健太がけらけらと笑っている。

 監督が立ち上がり、助監督二人を引き連れて近寄ってきた。

「いい表情だった。台詞さえ間違わなければ完璧だったよ」
「申し訳ございません」
「サラさん。俺の子供の時を思い出しただろう」

 立ち上がってジト目の蒼真。子供扱いは嫌なのだ。

「子供の頃から面識があるのかね? 君たちは」
「生まれてから関東に引っ越すまで、実の姉ともいっていいぐらい、面倒をみてもらっていました」

 親代わりとは絶対言わない蒼真だ。

「なるほど。ダークウィドウにはまり役なわけだな。あの表情も納得できますね」

 助監督も納得したようだ。

「君はダークウィドウをどう解釈したのかね」
「もう二度と逢えない弟を、敵とはいえ環のなかに見いだしたのです。いずれ来る運命を悟りつつも、嬉しさが優ったのかなって」
「その解釈でいい。だからあんな表情を浮かべたんだね。実際のソウ君の子供時代を知っているから」
「はい」

 消え入りそうな声の更紗。

「あの表情は良かった。自信をもってやってくれたまえ」

 監督にそう励まされ、撮影が再開となった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「何の真似だ。ダークウィドウ」
「退け。お前の任務は別だろう」

 表情一つ変えること無く、怪人に告げるダークウィドウ。

 倒れている秋月環を冷然と見下ろしている。一切の感情がない。
 去って行く怪人。

 苦悶の表情を浮かべる環をずっと視線を注いでいる。

「何故俺を助けた……」

 ダークウィドウは哀しげな、そして儚い笑みを浮かべた。

「二回も私の前から消えるな。サトル」
「誰と勘違いしている……」

 ダークウィドウから表情が消えた。
 帽子のつばに手をかけ、目線を隠す。

「秋月環。――お前は死ぬな」
「待て! ダークウィドウ!」

 悠然と振り返り、石造りの通路に消えるダークウィドウを見送るしかできない秋月環だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「カーット! オッケーだ。いい画になったな」
「いいですね。実際の知り合いだからこそできる演技ですか。実の姉同然とは、ソウ君も思い入れが凄いですよ」
「垓君が連れてきてくれたんだよ。コネ枠とはいっていたが、なかなかどうして。キャラクターの掘り下げもちゃんとしている。普通に使えるよ」

 普通に使える。
 褒めているようには聞こえないが、女優に向けては最大の褒め言葉だ。

「このスタッフのなかで震えてもいないし、いいですね彼女」

 助監督も納得する。
 この現場には蒼真、健太、垓、そしてメイク担当の美田がいるのだ。
 すでに見知った顔が多いことから、更紗も自然と演じることができたのは幸いだったのだろう。

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