推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

03 約束

 当時のことを思い出す。あれは珍しく雪が降るクリスマスイヴの日。
 更紗はライブ帰りに家に立ち寄り、蒼真へのプレゼントを用意した。

「おねーちゃん…… こんな時間になんで? その格好は?」
「クリスマスだからね。おねーちゃんも変身できるんだよ? はい。おねーちゃんも変身したから蒼真も変身だ!」

 そういって結はごまかしながら、自分で包装し直したプレゼントを渡す。

「変身って。ああー! ああー!」

 欲しがっていたストライカーブライズの手甲型おもちゃがあった。

「いい? 蒼真君。ガントレットストライカーは子供たちのヒーローなの。私みたいなおねーさんにも人気はあるけれど、ガントレットストライカーは子供が憧れるヒーローになって欲しいんだ。だからこれを蒼真君にあげるんだよ」

 自分が持っているよりよほどいい。ガントレットストライカーは子供たちのヒーローなのだ。

 そういってベルトを手渡した更紗だった。

「蒼真君もこの手甲でガントレットストライカーになってね。おねーさんはそれが一番嬉しいな」
「箱から出していい?」
「いいよ!」

 電池も入れず手にはまてうっとりする蒼真。

「装着!」
「装着!」

 更紗も同じポーズを取ってやる。これは蒼真と二人の時、普通にしていることだ。

「おねーちゃん。ありがとう! 大好き!」
「どういたしまして。蒼真君はいつも良い子にしているからね。本物のガントレットストライカーになる日を、おねーちゃんは待っているから」

 そういって当時の更紗も微笑んで蒼真を見守っていた。



 ふつふつと思い出される記憶。決して悪い記憶ではない。良き思い出だ。
 しかし状況が感慨にふけることを許さなかった。

「その時に約束したんだよね。黒のおねーちゃんは」

 からかうように結がいう。

「違うよ。結が黒ゴスで家にきてよ、って頼んだ時あったじゃない?」
「あー! あった。蒼真のお願いで」
「希望通りさ。黒ゴスでいったけど、蒼真君が喜んでガントレットを見せてくれてさ。ぼく、絶対ガントレットストライカーになる! って。応援してる! って答えたと思う」
「それだけじゃないでしょ?」
「あー。余計なことはたくさん言ったかも。芸能界の話とかジュノーボーイの話とか…… うぅ……」
 
 頭を抱える更紗。
 子供だと思って少々自慢げに芸能系の話をしてしまった記憶が思い出される。

「原宿系ガーリーファッションに詳しいし黒ゴス好きなのよねあの子。うちの子の性癖に影響を与えたのはあんただったか。知ってたけど」
「そこまでいうの」
「テレビのドラマで黒ゴスも着たよ。嫌がらなかった」
「知ってるけど!」

 その深夜ドラマはチェック済みだった更紗。

「黒ゴスのおねーちゃんに会いたいなあ、ってその時もいってたわ」
「教えてよ……」
「親的にどうかと思って悩んでたのよ。まさかあんただって推しが面倒をみた子供だなんて思わないでしょ」
「うん……」
「会わせたいけど、黒ゴス着ることできる? 年齢的にも精神的にもだよ。ブームも去ったでしょ」
「きついよぅ。ブームはね。有名なブランドも続々廃止。ゴスロリ系の雑誌も一挙に廃刊。でも日本の代表的なサブカルとして外国人観光客向けに昔あったブランドは復活しつつあるわ」

 一応最新のゴスロリ関係もチェックしている更紗だった。
 黒ゴスはお金がかかるので、社会人になってからのファッションだとは思っている更紗ではあるが、三十前に卒業する人間も多い。

「ダークウォーオールドとかN・KAITOとか私も好きだったブランドはあったわ。あんたはポテサラが好きだったね」
「大阪にあったカリスト・アイアとかね。高かったけど!」
「アメ村、栄、原宿と制覇してたもんね」
「だから黒歴史を詳細にいわないで……」
「蒼真は黒いおねーちゃんとの再会を熱望しているの。体型的にはあんた黒ゴスまだ着ることはできるでしょ。あんた昔からガリだし小さいし」
「着れるけどさ。なんでゴス限定なの。精神的に辛い……」
「そうね。三十四だもんね」
「しみじみ言わないで。結も同い年だってことを忘れないでね?」
「もちろん。二児の母ですから」

 ある意味、更紗よりも落ち着きも貫禄もある結だった。

「じゃあこれを渡すわ。ジャンルを変わってなんて無茶振りもしちゃったし。やっぱり渡さないとね」

 すっとメモを差し出す結。

「なにこれ?」
「蒼真の番号」
「あ゛あ゛あ゛あ゛」

 もはやまともな声にならない更紗だった。推しの電話番号である。

「本気で私を殺しにきた!」
「ショートメッセにしてよね。あの子、四六時中撮影やら取材やらで電話に出られるかわかんないしさ」
「むしろ、怖れ多くてショートメッセも送れないと思う」
「あんたの番号も蒼真に教えていい?」

 更紗の時間が止まった。今度こそ本気の必殺技を食らった気分だ。
 硬直した更紗をみて複雑な微笑を浮かべる結。

「そうなるわなー」
「教えていいけど。私、生きて大阪に帰られるかな」
「だからいったじゃない。死んだら蒼真が哀しむから生きて。撮影に影響がでるわ」
「母親がそういうこというの? 死ねないなぁ」

 更紗はふと顔をあげた。

「私が攻められっぱなしでそろそろ確認したいんだけど」
「ん?」
「そもそも結はどう思ってるわけ? 自分の同い年のおばちゃんと息子が連絡を取りたがっているのよ?」

 自らをおばちゃんなどと言いたくはないが、高校生の頃からもうばばあだし、というのは当時の女子高生の口癖だった。
 しかも相手は十六歳。今年で十七だろう。世代差がありすぎる。ばばぁと自称しても差し支えないだろうと更紗は思う。

「それねー」
「うん」
「仕方ないよ。黒いおねーちゃん、蒼真の初恋だし」
「ぐえ゛え゛え゛」

 もはや言葉にならないうめき声を漏らし始めた更紗。
 推しの母親から聞かされたくはない台詞だ。

「お母さんとしては複雑なのよ本当」
「そんな可能性ないないない! ないってば! 三十四と十六だよ? 今年十七か!」
「そうねー。普通ならないよね」
「そうそう」

 心臓が爆発しそうだった。推しの母親から言われて良い言葉ではない。

「でも普通の定義って何かしらね? 少なくとも私達夫婦は普通じゃなかったし、子供が俳優というのも普通じゃないわ」
「う……」
「どうよ? 推し俳優の初恋の人になった気分は?」

 意地悪い笑みを浮かべて問いただす結。

「死にたい…… 推しの初恋の人より結の家の壁になりたい……」
「だよねー。私達なら推しを眺めていたいだけよね」

 同人女とはそんな生き物であることを理解している結はうんうんと頷く。

「あんた夢女子ではなかったしねー。当事者になるなんて想像はつかないよね」
「他人事のように振る舞わないで。我が子の話でしょ」

 そういわれて、真剣な顔で更紗を見詰める結。

「な、なによ」
「さっきもいったけど普通ってなんだろうね。私、17歳で子供授かってさー。旦那は32だった」
「うん」
「好きなら年齢は関係ないし、うだうだいうヤツがいたら私がそいつに文句をいってやると啖呵を切ったのは更紗だよ。私の味方は更紗だけだった」
「……うん」
「当然、私も旦那も自慢の親友としてそのエピソードを蒼真に話してるわけ」
「自慢の親友扱いは嬉しい」
「でね。――蒼真に何か言えると思う? 年の差婚した私たち夫婦が。しかも本人の育児でこれだけ世話になってたのに」
「あー」

 蒼真も思うところはあっただろう。
 事情が事情とはいえ、結は蒼真を放っておいて更紗に任せっきりだったのだ。年の差もあるが、蒼真にも更紗にも何か言えるわけがない。

「年の差婚してさ。お互いの両親に迷惑をかけたけど祝福してもらって。同い年で学生だったあんたまで協力してくれてさ。恵まれてたわよ実際。蒼真は私達もあんたも直に見て育ったんだよ。あの子は頭がよくて人を見る目はあるからね。私は親馬鹿だけど」
「頭が悪かったら芸能界を生き残れないでしょ」
「年齢差は気にしない。不純異性交遊は十八になってからにして欲しいけどさ。あんたが娘になるかどうかは蒼真次第かなー、嫁舅問題は楽になるけど」
「話が飛躍しすぎだよ? なんで親友の娘にならないといけないの」
「世の中、親友が母親になる例だってあるらしいよ? それに比べたらましだわ。あんたは少なくとも男関係には健全だし昔からよく知ってるから」
「高い評価ありがとう。結も複雑だね」

 結だって親友にこんな話はしたくないだろうに、とさえ思う更紗。
 そういう彼女も別の世界な話にしか思えない。現実感がないのだ。

「人のことはいえないだけよ。あんたが早く結婚してくれたらなーとは思ったけど、私があんたの時間を奪ったんだから、今も独身なのは私のせいでもある」
「そんなことまで思ってたの?! ないない。喪女歴=年齢は変わらないって。男性って女性が年上の場合、結構気にするっていうし」
「女性のほうが年齢上って意外と多いよ? 十五歳差はざら」
「幻滅される可能性のほうが高いし。無用な心配ってことで。ね?」
「あんたインナーだけで自宅をうろついてたでしょ。蒼真は覚えているって。いまさら崩壊するイメージなんてないわ」
「こんちくしょう。マジで泣くぞ」

 下着姿で蒼真の食事を作っていたことを思い出す更紗。
 今や最推し特撮俳優であることを考えると、自分は前世にどんな悪行をしたのかとさえ思う。

「ジャージ姿もね。幻滅も何も蒼真は素のあんたを一番知っているわ。一緒にお風呂だって入ってんだし」
「今すぐ記憶を消して欲しいな……」
「本気で言ってる?」
「ううん。冗談よ。混乱しているだけ」

 更紗はそっと紙片に手を伸ばす。

「この紙は一生の宝物にしないと」
「その距離感、蒼真が傷つくよ」

 思わず母親の顔が出る結。
 彼女だって親友の更紗が大好きなのだ。息子が相手でなければおすすめできる物件でもある。

「私にどうしろと?」
 
 更紗も頭の中がいっぱいいっぱいだった。
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