推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

05 推しからのASMR

「夜分遅くにすみません。更衣更紗さんのお電話で間違いないでしょうか」
「はい! 更紗です。蒼真君お久しぶり!」

 推しの声が自分のスマホから流れてくる異次元。しかし更紗のなかでは幼少の頃の蒼真が脳裏をよぎるのだ。

「はい。水野蒼真です。お久しぶりです。――さらさおねーちゃん」

 前言撤回。鼻血がでそうだ。

(推しからおねーちゃんって言われてるよ私……!)

「良かった。俺、ずっとさらさおねーちゃんと話したかったんだ」

 これは新手の乙女ゲー的なASMRではないだろうか。更紗は訝しんだ。

「あのさ」
「う、うん」
「ASMRじゃないからね。これ」

 ジト目の蒼真の姿が目に浮かぶ

「は、はは…… 蒼真君なら私のことよく知っているよね」

 蒼真の前ではオタ活動を一切隠していなかった更紗。
 当時の自分を恨んでいる。

「欲しいならバイノーラル録音で音声録音して更紗おねーちゃんに送るけど。個人利用なら事務所にもばれないしね」
「怖れ多すぎるよ!」

「いや本当毎日見返してるよ。ガントレットストライカー紫雷。本当に約束を守ってくれたんだね」
「俺、頑張ったよ! さらさおねーちゃんに報告したいのをずっと我慢していたんだからな!」
「本当に凄いよ!」
「更紗おねーちゃんはガントレットストライカー好きだよね?」
「もちろん!」
「ジャンル変わらないで。母さんが余計なことを言ったとか?」
「え?」
「ほら。さっき呟いてたからさ。気が気じゃなくて。俺、さらさら先生のフォロワーだから」
「私のSNSを見てるの?! 誰!」
「内緒」

 電話の向こうで悪戯っぽく笑う蒼真。

(親子揃って私を殺しにきている……)

「結は関係ないよ」
「声が震えているよ。まったく母さんは…… 本当にやめないで。楽しみにしているんだ」
「わ、わかったよ。やめないよ。約束する」
「良かった」

 蒼真の笑顔が目に浮かぶようだ。

「約束といえば、あの約束も一歩進んだんだね」
「あの約束?」
「やっぱり忘れてるなー。絶対忘れてると思った。更紗おねーちゃんが二回目の変身した時だよ」
「蒼真君が本物のガントレットストライカーになるって宣言したときだよね?」
「そこは覚えていて、大切なことは覚えてくれてないんだー…… 少し寂しい」
「ご、ごめん!」
「もう一回言うからさ。よく聞いてね」
「うん。今度は絶対忘れないから」
「更紗おねーちゃんがヒロインになって俺の恋人になってくれる約束でしょ?」

(ヒロインって誰だよ! 私かよ! そんな柄じゃないよ!)

 更紗は心の中で絶叫した。当時のヒロインも黒ゴス系の衣装を包んだ若手女優だったことを思い出す。
 そして確かにそんなことを恥ずかしそうにいっていた蒼真を思い出す。

「思い出した…… 一緒に戦うヒロイン的な。彼女なんて話はなかった気が……」

 そう。確かにそんな約束を交わしたのだ。

(でも恋人云々は無かった気がする!)

「忘れてるね。でも俺は覚えているから」

 スマホの向こうの蒼真は断言した。

「私、ヒロインって柄じゃないと思うけど」
「更紗おねーちゃんが黒ゴスの戦うお姫様で俺がガントレットストライカー。これでノーマルカップリングは成立したよね」
「ノマカプとか言う無し」

 どこでそんな知識を入手したのか、想像もつかない更紗だった。

「あのね。蒼真君にいいたくないけど、もうヒロインって年齢でもないからさ。そういってくれるのは本当に嬉しい。だけど……」

 何せ推しからヒロインと名指しされているのだ。嬉しくないわけがない。

「更紗おねーちゃんは俺のヒロインだよ。あの日からね」

(脳が焼かれる。たすけてー)

 完全に口説き文句だ。ごろごろと布団で転がる更紗。

「それとも俺のヒロインは嫌なの?」

 悲しそうな声を出す蒼真。

「嫌じゃない! 嫌じゃないよ蒼真君! でもさ。今の蒼真君は大人気の若手俳優で、私はもうおばさんに片足を突っ込んだ、あなたのお母さんと同い年。住む世界が違いすぎるよ?」
「同じ日本に住んでいるのに何を言っているんだよ更紗おねーちゃん。それに34でもグラビア出ている人は何人もいるし、母さんに更紗はまだゴスロリ着ることができる体型は維持しているって教えて貰ったから」

(息子になにいってんの、結ー!)

「く、黒ゴスは着ないからね。ブームも去ったし」
「まだいけるって! 原宿でもいるよ?」
「と、とりあえずいつか再開できて、その時の判断にしてね……」

 そう会うこともないだろう。とりあえず時間稼ぎに徹する更紗だった。

「そうそう。更紗おねーちゃん西宮だよね。来週会いに行くから」
「え」

 思わず呆けそうになる。

(会いたいじゃなくて会いにいくからって決定事項?!)

「土日どちらかおねーちゃんの都合がいいほうでいいから開けておいて」
「ちょっと待って! そんな時間あるの?」
「番組の収録で大阪行くんだよ。西宮なら近いし」
「私が大阪に行ってもいいけど」
「……大阪はほら。人が多くて、どうしてもね。西宮なら安心だよ。甲子園近くの、武庫川近辺の駅でいいんだよね」

 梅田も難波も確かに危険だろう。少し離れていて利便性の高い西宮も、人の行き来は激しいが大阪ほどではない。

「……住所まで把握しているんだ」
「毎年年賀状いつもくれてるじゃないか」

(そうだったわ…… あほか私)

 結とは年賀状をやりとりする仲だ。蒼真が知らないはずがない。

「うん。でも手前の尼崎のほうがいいかな。女子大があるから、気付く人がいるかも」
「そうなんだ。じゃあ、ショートメッセージで相談しながら決めよう。決まりだね」

(会う流れになっちゃってる!)

「う、うん」
「じゃあ隣がうるさいから、そろそろ切るよ」
「隣って?」
「健太だよ。信用できるヤツだから大丈夫」
「荒上健太! ライバル役の!」

 とんでもない相手に、恥ずかしい話を聞かれてしまって気が遠くなる更紗であった。
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