推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

07 悩める推し

 更紗は東京からの疲れもあり、朝起きた時は仕事を休もうかと思ったが、考え直すことにした。

「仕事、いこ。悩んでも仕方ない!」

 無心で仕事をしていると、仕事はあっという間に終業時間を迎えた。
 顔はいつもより無表情だが、何故か気合いは入っている。

「美容院は明日休みだから金曜予約して、木曜に服を買いに行って……」
 
 恥ずかしい姿は見せられない。

「喪女モードじゃダメだもんね! 雰囲気を変えるには美容院でカラーよりマニキュアかな。服は店員に任せる。もう私、わかんないから!」

 帰宅中、ぶつぶつ言いながら歩いている更紗。

「いや、頃ゴス着る想定なんかしてないし…… 何考えているの私……」

 そうなのだ。

 更紗は平静を装ってはいるが――
 浮かれている。

 そこは社会人として十年近い経歴が生きている。隠し通すことは簡単だ。

「先に服買わないと、美容師さんに相談できないもんね。何せ推しと会話できる数少ないチャンス……!」

 こんなことがもう一生あるかどうかなのだ。
 いつもより用心深く帰宅する更紗であった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 夜は短文SNSサイトでお気に入りのイラストを眺めている。たまにソシャゲで時間を潰している更紗。

『こんばんわ。起きていますか?』

 蒼真からショートメッセージが入った。

(わわわ! ショートメッセージきちゃった! できるだけ長文は避けるようにしないと)

 十代のショートメッセージなど更紗にわかるわけがない。ネットで見た知識を頼りにできるだけ短文を心がける。

『起きているよー。蒼真君もお疲れ様』
『まだ少し撮影があるんだけどね。頑張るよ』
『無理はしないでね』
『ありがとう。おやすみなさい』
『おやすみなさい!』

 短いやりとり。

「推しからメッセージが来る…… これあとで請求とか来ないよね?」

 と呟いてから我に返る。

「我ながらバカなこといってんなー。蒼真君がそんなことするわけないよね」

 ずっとスマホを眺めている更紗。胸に抱いて呟いた。

「嬉しい」

 ノートPCを落とす。

「おやすみなさい。蒼真君」

 彼女のなかで、ようやく幼き日の蒼真と画面の向こうにいる天海ソウが重なりつつあった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「まいったな。さらさねーちゃんとどんな会話をしていいかまったくわからない……」

 一方蒼真も戸惑っていた。
 自分が更紗の推しになっていることは知っている。とても嬉しい。

「珍しいな。何を悩んどるねん」

 同じ控え室にいる健太が、尋ねる。この男なりに親友を気遣っているのだ。 

「俺はさらさおねーちゃんの推しになれて嬉しい。しかし距離を取られている感じがするんだ」
「そりゃしゃーない。お前は推しやぞ。ガントレットストライカーの主役なんや」
「でもさ。きっかけはさらさねーちゃんが応援してくれたからなんだよ」

 幼い彼に対し、熱心に話してくれた更紗。子供だましやごまかしは一切なかった。
 蒼真の原点はそこにある。

「まーなー。わかるけどさ。それに話題ならあるやん」
「ん?」
「合流するとき、俺も付いてくるってこと」
「お前、本気でついてくるつもりだったのかよ!」
「マジやで?」
「マジやで、じゃないぞ」
「お前、推し二人が来るってなったら、さらさら先生と盛り上がること間違いなし!」
「パニクるって!」
 
 ただでさえ更紗との微妙な距離感に悩んでいるというのに、健太までついてきたら大混乱間違いなしだ。

「俺のことであーだこーだ話せばええ。本人が承諾済みなんやから心強いやろ?」
「いや、それは……」
「それにな。お前、脇が甘いねん。今、注目の特撮俳優やぞ? 何かスキャンダルがあったらさらさら先生にも迷惑がかかる」
「自覚はある。慎重にやるさ」
「いいや。甘いね。しかし三人なら大丈夫。さらさら先生はお前のオカンの親友なんやろ? 三人なのに、R18系の変な記事を書いてみぃ。即刻事務所から訴訟もんやで」
「そういう予防策も兼ねるのか……」
「ほんまやったらお前んとこの如月社長も呼びたいぐらいやけどな。社長もさらさら先生の読者やろ」
「無茶を言うなよ…… まあ、じゃあさらさねーちゃんが嫌がらなかったらな」
「おお!」
「とりま明日にでも話す」
「頼んだー!」

 ガッツポーズを取る健太。蒼真が思った以上についてきたかったらしい。
 なんでそんなについてきたいかは不明だが、承諾する流れになってしまった蒼真だった。

■三人で
『関西行きの件なんだけど、健太が来たいって。いいかな?』

 スマホに着信があり、ショートメッセージを読んだ更紗が、硬直する。

『なんで?』

 まず浮かんできた言葉がそれだった。

「なんで? って聞かれてるぞ。どうする?」
「直球で返してくるやん。やるやん」

 感心する健太。どこかずれている。

「やるやん、じゃねーよ! 俺もどう説明していいかわからないぞ!」
「迎えがくるまで、少し電話してんか」

 時計を見ると、二人の迎えがくるまでは多少時間がある。
 彼は未成年であり、コンプラ関係はうるさい。

 更紗に電話をかける蒼真。

「もしもし蒼真君。さっきのあれは」

 更紗がそう言いかけた時だった。

「うわ。なにをする。やめ――」

 蒼真の悲鳴に似た叫びがスマホから聞こえる。

「なに? どうしたの? 蒼真君!」
「電話を替わりました。さらさら先生はじめまして。上月健太です」

 この声は間違いなく、TVから聞こえる上月健太の声だった。
 固まる更紗。同人誌の登場人物、二人目の登場である。

「はじめまして。ケンタ君。あ、ごめんなさい。上月さん」

 慌てて言い直す更紗に、電話先で微笑むような健太の声。

「ケンタ君でいいですよ。蒼真君で上月さんは残念ですからね」
「どうしてケンタ君まで、さらさらの名を?」
「蒼真がいってなかったんですね。同人誌、ボクの分まで確保してもらってます。先生のファンです」

 悪戯っぽく笑うケンタ。
 
「ひええー! 滅相もない!」

 本人に読まれるというのは苦痛なのだ!
 泣き笑いになる更紗だった。

「蒼真がさらさら先生とお会いすると聞きまして。ボクも芦屋出身なんですよ。土地勘がない蒼真君を一人で行かせるのに大変不安で。大阪からの路線、ややこしいでしょ?」

 隣で蒼真が『誰だお前』みたいな顔で見詰めているが、気にしない。芸能界では標準語だ。
 健太が関西弁を使う相手はごく親しい友人と、関西出身の芸能人相手だけなのだ。

「それはあると思います! でもいいんですか? ケンタ君でさえ忙しいし、目立つと思うのに」

 大阪からJ、阪神、阪急と複雑で他県のものはややわかりにくい。

「ボクなら空いている時間帯もわかりますからね。実家近くに友人と行っても不思議ではないでしょう? ほら。スクープ狙いのカメラマン対策も兼ねているんですよー」
「それは確かに気になっていました! 助かります!」
「それでは蒼真と代わりますね。さらさら先生とお会い出来る日を楽しみにしています」
「もしもし。さらさねーちゃん? ごめんケンタが」
「礼儀正しいね。安心したよ。確かに路線がいっぱいあってちょっとわかりにくいもんね」

 ジト目でケンタを睨むソウタ。

(猫被りやがって!)
(よそ行きゆうて欲しいな!)

「そうかな。ごめん。俺は二人で会いたいんだけどケンタの言うことも一理あるし」
「そ、そうだね。私は大丈夫だよ」

 声が思わず上ずってしまう更紗。

(さらっと二人で会いたいとかいうなー!)

 自分の顔が真っ赤になるのがわかる。
 蒼真はただの推しではなく、自分にとって弟みたいな存在だと思いだした。転がりたい気分だ。

「じゃあどこで会うかは引き続き相談しようね。さらさねーちゃん」
「うん!」

 さらさねーちゃんといわれると落ち着く更紗。
 推し二人に会うというと緊張で死にそうになるが、蒼真と友達と自分に言い聞かす。

 期待と不安。ベッドの上でひたすら左右に転がる更紗であった。
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