こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 冬の夜明け、

 窓越しに見る外は、白い煙りで覆われていた。


 それでも少しずつ色づき始めた街並みは、

 ゆっくりと呼吸するようにひとつひとつの物を映し出している。


 雲の中に浮かぶように、歩道橋も姿を現し始めた。

 一足早い通勤の人達がその上をまばらに通り過ぎていく。


 皆一様に肩をすぼめ、霧に埋もれながら足早に進んでいく。

 振り返る人は誰もいない。

 立ち止まる人も、もちろん。


 数時間前、彼女をあそこで抱き上げた。

 暗闇が薄れると、そんなことがあったという事実も嘘に思えてくる。

 
 ユニホームは乾いていた。

 スニーカーのつま先に残る濡れた感触だけが、

 夜の出来事が幻ではなかったことを辛うじて俺に伝えていた。


 明けない夜はない。

 何事もなかったように人を通わす歩道橋をカウンターに寄りかかって眺めているちに、すっかり夜の闇は消え去っていた。


 今日は月曜だ。

 次第に店内も通勤客で混みあってきた。


 明け方から8時までの時間、

 夜中とは比べ物にならない数の客の相手をして、俺と田中は夜勤を終えた。


「おつかれっしたー」

「おつかれ」

「帰ったらすぐに寝たほうがいいっすよ、藤本さん」

「ああ」


 田中は意外と人の心配をする。

 人の心配をするより自分の心配をしろと言いたくなることもしばしばだが、

 こういうところがコイツの憎めない要因だろう。


「うう寒っ」


 冷たい道の上を転がるように帰っていく田中の猫背を見送って、

 俺も駅へ続く通勤の波に乗った。

 


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