清くて正しい社内恋愛のすすめ
「まったく……」

 嘉代はため息をつきつつも、そんなに顔に出ていただろうかと、そっとデスクの引き出しから手鏡を取り出して確認する。


 嘉代は普段から本店の執務室で仕事をしている。

 駅の近くに建つ久留島本社ビルにも社長室はあるが、やはり長年過ごしている本店の方が、居心地が良かった。


 嘉代は再び、書類が置いてあるトレーに手を伸ばす。

 毎日毎日、確認する書類は山ほどやってくる。

 基本的にグループ企業の経営は各々任せてはいるが、なるべく自分の目の届く範囲で把握しておきたいのもある。

 ただ、グループの規模が大きくなり、従業員数も増えれば増える程、自分の想いとは違う行動を取る者も増えてくるのが現実だ。


 ――穂乃莉が戻ったら、こちらの体制も見直さないといけないわね。


 嘉代は書類をトレーに戻すと、老眼鏡を外し目元にぐっと指を当てる。


 疲れているのは目だけではない。

 もうだいぶ前から身体の衰えは実感していた。

 本音を言えば、穂乃莉が学校を出た時点ですぐにでも、側で支えてもらいたかったが、穂乃莉のことを考えると無理強いもできなかった。
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