清くて正しい社内恋愛のすすめ
「でも俺だって、いきなりそんな話をされたら、戸惑うのもわかってくれるよね?」

「そうね……」

「俺だって働いてるし、今の会社での責任もある。それに会ったこともない人と、いきなり兄弟だって言われても……」

 加賀見がそこまで言うと、母は嬉しそうな声を上げる。


「それがね、会ったことがあるんですって!」

「え?」

「陵介に仕事で会ったって、あの子が言ってたのよ! 陵介はとても有能だって、褒めていたわ」

 加賀見は母の言葉に目線を泳がせる。

 実の兄だという人物に、仕事で出会っていた?

 今まで仕事で関わった色々な人たちの顔が、一気に脳内を駆け巡る。

「え……? 誰だ……?」

「そうよね。まだ名前も言ってなかったわね」

 戸惑う加賀見に母は笑い声を立てると、嬉しそうに口を開く。


「あのね、あなたのお兄さんはね。絢斗って言うの。東雲絢斗。今は東雲グループの社長よ」

「……え?」


 ――東……雲……?



 加賀見は音のしないリビングで、通話の切れたスマートフォンを呆然と眺めていた。

「なんだよ……それ……」

 頭の中は混乱して、全く整理がつかない。

 自分の兄だという東雲の姿が、頭の中でフラッシュの様に繰り返された。

 加賀見は額に手を当てると、窓から覗く真夜中の真っ暗な空に、ただじっと目を向ける以外、何もできなかった。
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