清くて正しい社内恋愛のすすめ
「前に話したでしょう? 母は小さな弟だけを連れて、家を出て行ったって」

「それが……加賀見だって言うんですか……?」

「えぇ、そうです」

「そんな事が……」

 穂乃莉は息を吸ったまま、その吐き方を忘れたように言葉を失った。


「僕はもう一度、あの日をやり直したいんです」

 東雲はそう言うと、そっと穂乃莉を振り返る。

「穂乃莉さん。あなたならわかってくれますよね? 母のいない寂しさを抱えて過ごす夜が、どれほど辛いかを……」

 穂乃莉ははっと顔を上げると、目の前の中庭を見つめた。

 幼き日の東雲は、ずっと母の愛情を求めていた。

 それはこの中庭で、星空を見上げていた穂乃莉と同じだ。


 ――それが……加賀見のお母さんだったっていうの……?


 穂乃莉はたまらなくなり、胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。


「僕は、陵介をうちに引き入れるつもりです。当然母もそれを望んでいます」

「え……?」

「やっと母と和解できたんです。母は僕たち兄弟が力を合わせることを望んでいます。僕も陵介には、それ相応のポストを与えるつもりです」
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