清くて正しい社内恋愛のすすめ
 あの時、周りを見る余裕すらなかったが、二人の言い合いを見ていた人がいたのか。

 その後フロアに戻ってからも、穂乃莉は脇目も振らずに仕事に集中していたから、まさかあの言い合いが噂になっていたなんて気がつかなかった。


「それで、何があったんだよ……?」

 加賀見が急にまじめな顔つきになると、ベンチに置いていた穂乃莉の手に自分の手を重ねる。

 穂乃莉はドキッとして、加賀見の顔を見上げた。


「午後に出社した時から、穂乃莉の様子が変だった。言い合いしたって話だってそう。俺が、気がつかないとでも思ったのか?」

 加賀見の低い声に、穂乃莉は小さく瞳を開くと、慌てて目線を下に向ける。

 加賀見はいつだって、穂乃莉の小さな変化に気がついてくれるんだ。

 重ねられた手のひらから加賀見の温もりが伝わってくる。

 穂乃莉はしばらくして「ねぇ」と口を開いた。


「加賀見は、お母さんのこと好き……?」

「え? 母親のこと……?」

 加賀見は戸惑ったように首を傾げる。
< 313 / 445 >

この作品をシェア

pagetop