やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
1章
とある昼休み。

保護者会のプリントを職員室に持っていく途中、とつぜん私こと――神宮寺美雨は廊下で学生服の男子ふたりに拝まれた。

首元のホックを留めているあたり、彼らはまだ一年生のようだ。

う~ん、もうすぐ夏休みなのに学ラン姿……。

応援団だろうか?

とにかくふたりは私を見てハッと立ち止まると、ビクビクと両手を合わせてきた。

まるで祟りを鎮めるみたいに。

またか、と私は思う。

神主の娘で家の手伝いで巫女もやってて、趣味がスピリチュアルな動画を観ることで、おまけに少し霊感もあって、その他なんだかんだあって怖がられるようになった私。

私は目を細めて彼らを見つめる。

えっと、そろそろ動いてもいいかな。

先生のところへ急いでるんだけどな……。

開け放たれた廊下の窓からセミの声が聞こえる。

「あ、あのう」

「ひっ」

勇気をだして私が声を掛けると、一人が叫んだ。

ええ……悲鳴なんか出さないでよ。

どっちかというと、被害者は私なんだけどな。

そう思いつつ、「あのう」と一歩足を踏み出す。

すると。

「うわー」

すぐさまふたりは顔を見合わせ、私に背を向け廊下を駆けていった。

「あ、あの……」

はぁ。

口から落胆の息が漏れた。

そう、これが私の日常。

こうやって、私はよく生徒から拝まれてしまうのだ。

さっきもいったけど、私が神主の娘で、少しだけ霊感もあって、芦屋高校に入学した去年に少々やらかしてしまったのが原因だ。

あんまり思い出したくないけど……。

旧校舎の女子トイレにいた浮遊霊を成仏させたり。

放火魔が火をつけた理科室にいち早く駆けつけたり。

文化祭の準備中、地震を予知してクラスメイトを避難させたり。

私の悪口をいった女子の親族が立て続けに不幸に見舞われたり。

夏の合宿でスマートフォンで観ていたUFO動画と同じUFOを呼んだり。

自転車通学の生徒とぶつかって、なぜか私が無傷で、向こうが頭蓋骨を骨折というひどい目にあったり。

――とまあ。

色々とやらかしたせいで、私が機嫌を損ねると祟りが起きる、と思われている。

だから、みんなは私を見ると怖がって、なるべく関わり合わないようにしているのだ。

でもね、学校の噂って尾ひれがつくんだよ。


職員室の帰り。

私はすぐに教室に戻らず、屋上にいった。

「――進学か」

さっき先生に、お前も進学を考えろといわれた。

この学校は進学校だから無理もない。

卒業生の大半は大学にいくし、私みたいに高卒で就職を選ぶ生徒はめずらしい。

勉強は嫌いじゃないが、私としては社会にはやく出たかった。

なんというか、学校という場所が、どうしても息苦しいのだ。

私はフェンスに両腕を置き、そこにあごを乗せた。

「やっぱり卒業したら働こう」

といっても、家を継ぐだけなんだけど。

神社で巫女をしてのんびりマイペースに生きる――私には、そんな地味な生活がお似合いなのだ。

そのとき、運動場にすらっと背の高い男子が見えた。

「きゃっ!」

それが、朝野陽斗くんだとわかって、思わず甲高い声が出てしまう。

私はとっさに辺りを見まわし、誰もいないことを確認。

……ほっ。

なんか柄にもなく、きゃわゆ~い声を出してしまった。

そんな自分が、ちょっとだけ恥ずかしい。

こんなとこ、クラスの誰かに見られたらなんていわれるだろう。

巫女メットが鳴いた!

きっとそんな陰口を叩かれるかもしれない。

あ、巫女メットというのは私のあだ名でね。

もちろん本人公認ではないけど、陰でみんながそう呼んでいるのは知っていた。

私の前髪が見事に目元を覆いつくしているから、「巫女×ヘルメットみたいな髪型」で、「巫女メット」なんだそう。

なんか、初めて聞いたときは、我が事なのに思わず吹き出してしまったよ。

高校生って、なんかこう胸にグサッとくるあだ名をつけるのがうまいなって。

たしかに人と目を合わせたくないから、いつも前髪で顔を隠しているけどさ。

でも。

しつこいようだけど、私は巫女メットなんてあだ名は、認めていないんだよ。

あんまり嬉しいあだ名じゃないんだもん。

「はぁ――それにしても、カッコイイなぁ」

私は屋上からひっそりと友達三人と歩く陽斗くんを眺める。

耳にかかった綺麗なストレートヘアに、大きなたれ目。男子からも女子からも好かれている
学校イチの人気者。

私の視界の中に陽斗くんが現れると、たちまち彼を中心にお花畑が広がっていく。

ああ、幸せ。

彼を見ているだけで心が晴れる。

辛いことがあっても救われる。

私は、陽斗くんと同じクラスメイトになれただけで、もう満足。

キミを見ていると、高二までがんばって生きてきてよかったなって思うんだ。

キミは覚えているかな?

高校の入学式のあの日。

通学路の途中、私が溝に誤って落とした人形を拾ってくれたよね。

亡くなったお祖母ちゃんが作ってくれた、うさぎのキーホルダー。

キミは制服をどろどろにしながら、見ず知らずの私に親切にしてくれたよね。

嬉しかった。

男の子に親切にされたのなんて初めてだったから。

少しびっくりもしたし、かなり照れ臭かったし、正直申し訳ないと後悔もしたんだよ。

あのとき、キミにちゃんと感謝を伝えられなくてごめんね。

でもね。

私みたいな地味な女子がね、またもういちどキミみたいな人気者に話しかけるなんていうのは、月が地球に裏側を見せるぐらい大変なことなんだ。

……うーん。

月でうさぎがオオカミと餅つきをするくらい勇気がいる……うーん、違うか。

と、とにかくだよ!

それはとっても難しいことなんだ。

私は屋上から陽斗くんにそっと話しかける。

「でも……きっとキミは……あのときの私のことも、あのときの出来事も……きっと……きっと……もう憶えていないよね?」

私は、それでもいいよ。

陽斗くんと同じクラス。

同じ教室で勉強をし、同じ空間の空気を吸う。

それだけで私はね、この芦屋高校に進学してよかったと思えるんだ。

私はもういちど、運動場を友達と爽やかに歩く陽斗くんを眺めた。

「はぁ」

なんど見ても素敵だな。爽やかでカッコいいな。

「あ……」

そのとき、私はまた自分の悪い癖が発動していることに気がついた。

第三の目があるといわれる、ちょうど額の辺り。

そこら辺に意識を置いて人を見ると、私はフツーの人には見えないもの――幽霊とか妖怪とか、そういったものがぼんやりと見えてしまうのだ。

そうして今、私の視界の中に映る陽斗くんは、制服を着た爽やかな彼ではない。

彼は真っ黒なタキシードに身を包む紳士として私の視界に映り込んでいた。

そう、彼は秘密にしているが、霊感のある私にはわかる。

彼、朝野陽斗くんは、おそらくヴァンパイアなんだろう。


                    ***


とある昼休み。

オレこと――朝野陽斗は、友達二人と一緒に運動場を横切っていた。

「朝野んちは海外旅行いくん?」

「え、オレんちは米子だよ。祖母ちゃんとこ。毎年恒例の家族行事なんだ」

「学校イチのモテ男のくせに、旅行はわりと地味な場所なんだな。夏のスイスはサイコーだぞ、涼しいし、なんつーかこう絶景が視界に迫って来るっていうのかな」

「あのさ、フツーは夏休みにスイスなんていけないよ。なあ、ミッチ?」

オレが隣の三井に訊いたとき、ちょうど校舎の屋上に人の姿が見えた。

「だな。梅本の家が金持ちすぎるんだって」

うわの空になったせいで、ミッチの声が耳元を通りすぎる。

オレは太陽に手をかざしながら、顎をあげた。

あれって、神宮寺美雨だよな。

真夏の運動場に生徒の姿はまばらで、ただでさえ熱中症の危険があるのに。

こんな暑い中、神宮寺さんはカンカン照りの屋上でなにをやっているんだ。

オレは足を止め、目を細める。

どっちが前か後ろかわからない、ヘルメットみたいな髪型。

まちがいない。

てか、今オレと目が合ってる? 

いや……それはないか。

はあ。

思えば結局、二年の一学期はあっという間に過ぎ去った。

なんとか神宮寺さんと話そうとがんばったけど、どうしても緊張してしまう。

彼女を前にすると、なぜか体がガチガチで……うまく言葉が出てこないんだ。

神宮寺さんは、あの日のことを覚えてくれているんだろうか。


一年前。

高校に入学してすぐ。

飼い猫が死んでオレは死ぬほど落ち込んでいた。

いつもの明るさが、嘘のように影を見せ、オレは別人のようだった。

まるで生きる屍。

ゾンビにでもなったみたいに、重く気だるい体を引きずってあてもなく歩いていた。

すると。

「うちは、そのう……学業の神さまを、祀って、いるんですけど……そそそ、その他のことも、わりと叶いますよ」

偶然たどり着いた打出小槌神社で、巫女に扮した神宮寺さんとオレは出会った。

境内を掃除していた彼女は、落ち込むオレを気遣いやさしく声をかけてくれた。

あまり他人と話すのは得意じゃないんだろう。

それでも神宮寺さんは必死に息継ぎをしながら声をかけてくれたんだ。

前髪が目元を覆っていたから定かではないんだが、口元だけじゃなく、きっと目元もやさしく微笑んでいたに違いない。

「よ、よ、よ、よければ、どどどど、どうぞ――」

そのとき彼女がタダで引かせてくれたおみくじ。

末吉ではあったが、そこに書かれていた方角の欄に、東南が開運とあった。

なんとかこの辛さから逃れたい一心で、オレは素直におみくじに書かれてあった方角を目指して歩いた。

すると、出会ったのだ。

幸運に。

川辺に捨てられていたみかん箱を見てオレは目を疑った。

なんども目を瞬かせた。

それでも幻なんかじゃなかった。

天国へいったクロベエみたいな黒毛の子猫。

「なんだよ――もう生まれ変わって」

オレの元へやってきてくれたんだ。

クロベエ。

暮れなずむ夕空のもと、オレは嬉しさで涙を流した。

その瞬間から、二代目クロベエはまたオレの家で仲良く過ごすことになったんだ。


「ありがとう、神宮寺さん」

屋上を見上げながらボソッとつぶやくオレに、「陽斗、なにボケーッと突っ立ってんだ」と、梅ちゃんが声をかける。

おまけに昼休みが終わるチャイムも鳴った。

「ごめん、今いく」

名残惜しいが、オレはひとり屋上で黄昏ている神宮寺さんから目を逸らす。

そして友達のもとへ走った。
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