やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
11章
夜十一時半。

私は家の湯船に浸かっていた。

「血祭くんか」

なんであんなこと、いってしまったんだろ……。

つい、つい。

出ちゃったんだぁ。

口から、ぽろっと。

だって、だってね。

ヴァンパイアが、献血ルームだよぉ。

陽斗くん、一瞬ギョッとしてたよね。

彼は、自分がヴァンパイアだってこと、私には隠しているのに。

でも。

でもね。

きっとアルバイト先に陽斗くんがいたら――。

「イケメンすぎて、献血ルームに女の子が行列をつくっちゃうよなぁ」

そしたら。

そしたら。

どこを見てもご馳走だらけで。

血が大好きな吸血鬼にすれば、血のカーニバル、まさに血祭り状態だよね。

私はヴァンパイアが献血ルームでせっせと働く姿を想像し、クスッと笑う。

そこで、ふと思った。

「血祭りって、そういう意味だったっけ?」

血祭り?

なんか、単語の使い方を間違えてるような……。

まあ、いっか。

私はこっそり陽斗くんのあだ名を考えた。

血祭くん。

これからは、彼を血祭くんと呼ぼう。

うふふ。

なんか、楽しいな。

「でもぉ」

私はそこでふと思う。

陽斗くん、私に会いにきた訳じゃなかったんだよなぁ。

急に神社に来るっていうから、私はてっきり――。

「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ」

そこで私は自己嫌悪に陥って、湯船に頭を沈める。

私、うぬぼれてたぁ。

私、ちょっと調子に乗ってたぁ。

ああ……恥ずかしいぃ。

そりゃ、そうだよぉ。

どうして私に会いに来るんだよ、学校イチの人気者、陽斗くんが。

今朝、いってたじゃないか。

猫が大好きだって。

三毛猫に会いにいくって。

おやつをあげにいきたいって。

それなのに。

それなのに。

「あぶぶぶっぶぶぶぶぶぶうぶ」

そこで、私は苦しくなって、湯船から一気に顔を出す。

「はぁはぁはぁ、はぁはぁはぁ」

陽斗くんが、私なんかに……。

「会いに来るわけないよなぁ」

わざわざ、バイト帰りに。

そんなこと、少し考えたらわかるよぉ。


                    ***


夜十一時四十分。

オレは家でお風呂に入っていた。

シャワーで汗を流し、頭と体を洗って、湯船に浸かる。

「――ふぅ」

肩までお湯に浸かると、思わず息が漏れた。

オレはずっと神宮寺さんのことを考えていた。

あんな時間に神社にいったこと、彼女はヘンに思っていないだろうか。

バイト帰りにわざわざ、神社で飼っている猫に会いに来たなんて。

どう考えてもおかしいよな。

「……やっぱりミスったかな」

オレはだんだん不安になる。

出来る事なら、時間を今日の朝にまで、巻き戻したかった。

もしもそれが叶うなら、オレは今朝、神宮寺さんの前には現れなかっただろう。

普通に終業式の帰りに、「カレー当番のことがあるから連絡先交換しない?」って、そういうだけに留めただろう。

強引に朝の通学を誘うことも、強引にラインを聞くことも、バイト帰りにいきなり神社に押し寄せることも、どれもしない。

夏休みがはじまって数日経ってから、実行に移すのだ。

八月十日の夏合宿に備え、ちょうどその一週間ほど前から、自然とコンタクトをとる。

何事もなかったように、「夏合宿の打ち合わせでもしない?」って、自然にラインを送って彼女に会うことにしていただろう。

「それなのに……」

あろうことかオレは、自分が描いた理想のシチュエーションと、まったく逆のことをやってしまっている。

押して押して、押しまくっている……。

これじゃあ、絶対に逆効果だ。

「なに焦ってんだろ……オレ」

なんかこのまま夏休みに入って、しばらく神宮司さんに会えなくなるんだって考えたら、居ても立っても居られなくなったんだ。

「いや、でもだからって――」

オレは頭まで湯に浸かる。

気持ちは、わかるけど……。

強引な男は絶対嫌われるよな。

焦りは禁物だってなんども自分にいい聞かせたのに。

神宮司さんは優しいから、無理してオレに合わせてくれたんだ。

きっと。

きっと、いや。

絶対そうだよ……。

「うっっ――うぶぶぶっ」

そこでオレは苦しくなって湯船から顔を出す。

「ぷはーっ、ゲホゲホ」

ああ、オレはバカだな。

こんなことなら、いっそ正直にいえばよかったかな。

猫に会いに来たなんて、うそをつくんじゃなくって。

キミに――。

神宮司さんに。

オレは神宮司さんに会いたくって、やって来たんだって。

バイト中も、ずっとキミのことが気になって仕方がなかったんだって。

そうしたら、オレは夏休みなんか、ちっとも怖くなかったかもしれない。

むしろ、予定が会う限り、神宮司さんと一緒に同じ時間を過ごせていたのかも。

「いや、それは出来過ぎか」

……所詮は、オレの勝手な妄想だ。

そんなに上手くいくわけないよな。

下手すれば今ごろ、オレは木っ端微塵に砕け散って、立ち直れないほど落ち込んでいたかもしれないんだ。

気持ちを正直に打ち明けたまではいいが、そのせいで彼女にキッパリとフラれて、オレはそのショックで帰りに自転車で事故っていたかもしれない。

大げさかもしれないが、そんな可能性だってあったんだ。

うん、そうだよ。

こうして、まだ家のお風呂に浸かっていられるだけ、オレは幸運なんだ。

首の皮一枚つながっているだけでも、オレは感謝すべきかもしれない。

「ああ」

神宮司さん。

どうしてキミのことを考えると、胸がチクッとするんだろうか。

他の女子のことを考えても、こんなふうに胸が痛くなることはないのに。

それに――。

キミと話をしようとすると、どうも調子が狂うんだ。

緊張して、思ったことの半分もいえなくなるんだ。

色んな女子と喋っていても、オレはまるで緊張なんてしないのに。

でも。

キミを前にすると、オレは、オレは――。

「ああ、ダメだぁ」

なんか、オレ、やらかしてるよな。

なんだろう、この喪失感は。

失点を取り戻さなくちゃって、気持ちばかりが焦ってしまう。

本当のところは、失点なんかしていないのかもしれないのに。

思い過ごしかもしれないのに。

でも、なにかしなきゃって。

ジッとしていたら、他の誰かに得点を挙げられてしまうって、そんなふうに気持ちが焦ってしまうんだ。

神宮寺さん。

この気持ちは、なんなんだろう。

この心の渇きを潤すみたいに、ずっとキミのことばかりを考えてしまう。


お風呂を上がった後すぐ、オレは脱衣所でオーランドさんにラインを送った。

『ちょっと相談があるんですけど』

パジャマに着替えると、すぐに返信が来た。

『恋の悩みかい?』

「えっ……」

オーランドさんから届いたメッセージを見て、オレは目をぱちくりさせる。

……どうして、みんなわかるんだろうか。

結衣さんにも、冗談っぽくいい当てられたよな。

恋の悩み? 顔に書いてあるよーって。

オレは化粧水をつけた顔を、洗面台の鏡でじーっと見つめてみる。

右に左にと首を曲げ、今度は顎を上げて自分の顔を観察してみた。

「やっぱり」

恋で悩んでいる――そんなことは顔のどこにも書いていなかった。

「……なんで、みんなわかるんだろう」

オレはなんだか顔が熱くなる。

なんか自分ひとりだけが、世界中から観察されているようなヘンな気分になった。

あるいは、自分ひとりだけが、素っ裸で世界を歩いているような複雑な気がした。

みんなからはオレが見えているが、オレからはなにも見えない。

それでいて、オレの秘密は世界に向けて大胆に公開されている。

「ああ、もうっ」

オレは両手で頬をぺちぺちと叩く。

このまま、カレー当番の買い出しに行くその日まで、じっとなんかしていられない。

オレは。

オレは。

すぐにでもまた、神宮司さんに会いにいきたい。

でも。

でも。

「慎重にならないと、少しは――色々とやらかしてしまってるんだ」

そう考えたオレは、心の底から信頼しているオーランドさんに、まずは相談してみることにした。
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