やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
18章
夜七時半。

オレは神宮司さんと須磨ビーチを並んで歩いていた。

ちょうどあたりは暗くなりはじめた頃で、空には薄く光る満月が浮かんでいる。

綺麗に整備された砂浜には、カラフルな看板をつけた海の家が立ち並んでいた。

カキ氷にタコ焼き、今の時間は、お酒が飲めるバーに人がたくさん入っていた。

これぞ夏の須磨、といわんばかりに、夏休み初日のビーチには、若者を中心とした水着の人だかりができていたんだ。

そんなにぎやかな海岸を、オレと神宮司さんは無言で歩いていた。

とてもゆっくりと歩くオレの少し後ろを、彼女がついてきている。

オレは前を歩きながら考えを巡らせる。

最近、オレは少しずつだけど、神宮司さんのことを知れて嬉しかったんだ。

学校ではヘンな噂が流れているけど、彼女がすごく優しい子だってこと。

さっきもオレの背中をずっと撫でてくれていた。

少し痛かったけど、落ち込むオレのことを心配してくれていた。

ありがとう。

オレは神宮司さんに出会えて幸せだと思う。

でも。

でも。

これからは、どうなるのかな――。

彼女になにか話しかけたいが、緊張して言葉が浮かばない。

止まった方がいいのかな。

今、秘密を打ち明けた方がいいのかな。

オレはゆっくりと歩きながら考える。

――いや、まだだ。

もう少し先だ。

周りからオレたちはどう見えているんだろう。

なにも話していないカップル?

いや、無言で歩く友達?
 
なにせ、オレたちは海に来ている人たちの目を引いた。

水着の人だかりの中を、私服で歩いているというのは、やはり目立つ存在のようだった。

そして無言のオレたちは、傍から見れば、ケンカをして今にも別れそうなカップル、そんなふうに見えなくもないんだろう。

オレは少し後ろをついてくる神宮司さんの足音に耳をそばだてる。

まだ、ついてきてくれている。

まだ。

オレはふと、西の空を見つめた。

白い電飾を施した明石海峡大橋の背後に、夕陽が沈みかけている。

橋がかかった先はもう闇が侵食し、淡路島はまるで黒光りする軍艦のように見えた。

……はぁ、大丈夫かな。

真っ暗な淡路島を見て、オレは少し不安になっていた。

このあと、オレは神宮司さんに秘密を打ち明けるんだ。

そして、そのあとに起きることは想像もつかなかった。

でも。

でも。

オレは考えを変えるつもりはさらさらなかった。

神宮司さんに隠し事をしたままなんて、嫌だったから。

ありのままの自分で彼女と接したい――。

それがオレの願いだったから。

そしてそうするためには、オレの本当の姿をいうしかないんだ。

オレは浜辺にいるカップルを見て不思議に思った。

いったい何組の恋人たちがここに集っているんだろうか。

彼ら彼女たちは、どこかのタイミングで、自分の気持ちを伝えたから今こうしてビーチにいる。

それって、とてもすごいことなんじゃないかと思うんだ。

今、オレは自分の気持ちを神宮司さんに伝えようとしている。

さっきから心臓の鼓動がはやくて息苦しかった。

このあと訪れる未来が想像できなくて、オレは怖くて仕方がなかった。

ふたりの関係は、このあとも続くのか、考えると怯んでしまいそうだった――。

ここにいる恋人たちは、今のオレのように、どこかのタイミングで勇気を振り絞ったおかげで今があるのだろうか。

みんなが楽しそうにキャッキャッと騒いでいる。

暗くて辛い道のりを経たあと、オレもこうしてはしゃいでいられるのだろうか。

神宮司さんと一緒に、こうして楽しい時間を過ごしているのだろうか。

オレは、ちょうど浜辺に植わった巨大なヤシの木の前で立ち止まった。

この砂浜に植わる三本のヤシの木は、「願いが叶う」といわれている木で、須磨では知る人ぞ知るパワースポットだった。

「神宮司さん」

「は、はは、はい」

「訊いて欲しいことがあるんだ」

オレがいって振り返ると、神宮司さんも立ち止まってこっちを見た。

巫女メットなんてあだ名がつくのが嘘みたいに、彼女の前髪が風になびき、形のいい額が露わになっていた。

彼女の少し潤んだ瞳は、どこか遠くを見つめているように見え、それがオレには少しだけ心地よくもあった。

オレは唾を飲むと、拳を握って一歩前に出た。

「じつは、キミに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「あ、うん……な、なな、なにかなぁ」

神宮司さんはオレを見るとすぐに視線を下げ、自分の前髪に触れた。

緊張しているのか、目を合わせたくないのか、必死に前髪で顔を隠そうとしていた。

けど。

すぐに湿った海風が彼女の髪を揺らし、オレには、空に浮かぶ満月のような綺麗な瞳が垣間見えるのだった。

ずっと見ていたい。

キミの瞳をずっと眺めていたい。

でも……これで、オレはキミに距離を取られるかもしれない。

このあと、オレはキミに嫌われて、もう二度と二人っきりの時間なんて持てなくなるかもしれない。

オレは正直、この世界に神様がいるなんて信じていなかった。

けど。

けど。

もしもこの世界に神様がいるなら、とオレは思う。

どうか、どうか、秘密を打ち明けても、神宮司さんとこの関係を続けられますように。

オレは思わずヤシの木に手を合わせたい衝動に駆られた。

自分でも、情けないと思う。

彼女に秘密を打ち明けるとか意気込みつつ、結局はこうやって、神頼みや目に見えないものの力を頼りにしているんだ。

でも、いわなきゃ。

オレは普通の人間じゃない。

時々、血が欲しくてたまらなくなるんだ。

そう、オレは――ヴァンパイアなんだって。

「神宮司さん」

オレはもう一歩足を踏み出すと、前髪の隙間から輝く彼女の瞳を見た。

「じつはオレは――」
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