やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
4章
夜九時。

ちょうどユーチューブでお気に入りの生配信がはじまる頃。

私はベッドでゴロゴロしながらスマートフォンをいじっていた。

「そろそろだね」

私は枕に顎を乗せ、前髪の隙間からスマートフォンを眺める。

キャア。

「オーランド様」

画面にダークスーツに身を包む金髪碧眼の美男子が登場した。

白い壁を背景に、アジアンテイストの椅子に座って長い脚を組んでいる。

『みんな元気だったかい? 今日もすごく暑かったね。ボクを見かけた太陽があまりの眩しさにボクグラスをかけていたよ、フフフ』

今日も彼の軽妙なトークからはじまって、画面越しに白い歯を見せて手をふってくる。

キャアア。

私は思わずきゅんとし、ベッドに乗せた両足をバタバタさせる。

やっぱりオーランド様って、大人の魅力があるよなぁ。

話も面白いし、ついつい聞きほれてしまうんだよなぁ。

ああ、今日も楽しみだ。

オーランド様は私の推しのユーチューバーで、ホスト界の皇帝と呼ばれている。

大阪ミナミで伝説と呼ばれたナンバーワンホストなんだ。

今はホストを引退していて、ユーチューブではスピリチュアルな話や優雅なライフスタイルなんかを発信して人気を集めていた。

中でも毎週木曜日の夜は必見。

視聴者からのお悩み相談にオーランド様が生配信で答えていくのだ。

私もこのコーナーのファンで、木曜日の夜はお風呂と食事をはやめに終え、こうやってベッドでスタンバイしているのだった。

『さあて、沖縄の守り主ちゃん十五歳のお悩みは――クラスの席替えのとき、好きな男の子にお前の隣の席がいいと言われました。これって、どう解釈したらいいですか――なるほど、沖縄の守り主ちゃんは、その男の子の気持ちが知りたいんだね』

え、うそ?

オーランド様が読みはじめたDMに、私は思わず聞き入ってしまう。

これって、今の私の状況にそっくりだ!

まさに今日、終わりのホームルームで私も陽斗くんにいわれた。

――オレも、神宮寺さんとカレー当番やりたいです。

あまりのことにビックリして、その後は深く考えないようにしていた私。

というか、真相を探ろうとすると怖くて、私が意識して考えないようにした。

でも。

でも……。

やっぱり気になるよ!

あれって、どういう意味だったんだろう。

私は……私は……優しい陽斗くんが空気を読んで……そのう……私のことなんかはどうでもよくって……ただ……ただみんなのために……みんなをはやく家に帰してあげたいがために……陽斗くんは善意で立候補したんだと……そう思っているんだけど。

私は少し怖い気持ちを感じながら、オーランド様の回答を待つ。

ああ、ドキドキする。

陽斗くんは、いったいどういう意味でいったんだろう。

ああ、聞きたいような聞きたくないような。

いや、期待はよそう。

うん、そうだよ。

特別な意味なんかないに決まってるよ。

陽斗くんは優しいから、私みたいな地味な女子を可哀そうに思って、カレー当番を手伝ってくれるだけなんだよ。

すると、画面越しにオーランド様がにやりと笑った。

『沖縄の守り主ちゃん、まずはボクに相談をしてくれてありがとう。そして、おめでとう。沖縄の守り主ちゃんには間もなく彼氏が出来るってことだよ』

私はそれを聞いて目を丸くした。

え?

ええっ?

そ、そそそそ、それって……。

オーランド様が黄金のロングヘアをかきあげながら続ける。

『今から心のシートベルトをちゃんとしめておくんだ。なにごとも準備が大事だからね。沖縄の守り主ちゃん、これからは恋愛という人生で最高のアトラクションを楽しむんだよ』

ちょっと待って!

恋愛?

恋愛っ?

人生で最高のアトラクションっ?

えええええっ!!

オーランド様の回答を聞いて、私は一気に全身が熱くなった。

部屋はエアコンがかかっているのに、顔が火照ったように熱い。

「ちょっと待ってちょっと待って……」
 
私は興奮と喜びと不安と疑いと、もうなにやら訳のわからぬ感情でパニックになる。

両手でパタパタと団扇のように顔をあおぎ、とりあえず落ち着こうとした。

もしもオーランド様の回答が真実なら、陽斗くんは――私に気があるの?

えええ?

うそだよ、そんなわけないよ。

そのとき、オーランド様がトドメを刺すようにズバリという。

『ボクには男の子の気持ちが手に取るようにわかるんだ。だって地球にはボクかボク以外の男の子しかいないからね、簡単だよ』

じゃ、じゃあ。

私はもう放心状態。

う、うそだぁ……。

どう考えても、あり得ないよ。

みんなの憧れである陽斗くんが、私に……私に……まさか特別な好意を寄せているなんて……。

いや、ないない。

そんなのないよ。

あるわけないじゃん。

絶対にあり得ないよ。

私はベッドで正座になる。

必死に手で顔をあおぎながら考える。

やっぱり、ないないない!

巫女メットに陽斗くんは釣り合わない。

……でも、でも、もしもそうなら?

百万分の一の可能性があるのなら?

――うぅ、なんか息苦しくなってきた。

水、水がほしい。

私はパニックになる。

ダメだ、なんだろうこの気持ち、わーん。


                    ***


夜九時半。

オレはスマホのカメラをオフにし、アジアンテイストの椅子に座るオーランドさんに手を振って合図を出した。

「ふぅ、お疲れちゃん」

「はい、お疲れ様です」

ユーチューブの生配信が終わり、オーランドさんが安堵の表情をオレにむけた。

「陽斗くん、今週もカメラを回してくれてありがとう」

「いえ、仕事ですから」

オレは少し緊張しながら、急ぎ気味に撮影現場の片づけをはじめる。

ここは元伝説のホストで人気ユーチューバーであるオーランドさんの自宅。

さすがはホスト界の皇帝というだけあって、このタワーマンションは映画に出てくるような豪華さだった。

ここに通いはじめてもう一年。

今でもこの広いリビングルームを見るとため息が漏れる。

JR大阪駅に直結した一等地、ガラス張りの向こうに広がる大阪の夜景。

マンションなのに室内は二階建てで、晴れた日にはライトアップされた大阪城天守閣が見える。

まだ二十四歳なのに、オーランドさんってホントすごいよな。

人を魅了することにストイックで、いつも努力を惜しまない。

この一年、ずっと近くで彼を見てきた。

彼は常に優雅であり、多忙でもスケジュールには一切の穴を開けず、どれだけ体調が悪くても笑顔で弱音のひとつも吐かなかった。

オーランドさんはホスト界だけでなく、人類のカリスマといっても大げさじゃない。

オレは本当にオーランドさんを尊敬していた。

「最近になって陽斗くんが撮ってくれた動画の視聴回数が伸びているんだ」

オレが慣れた動きで照明を解体していると、オーランドさんがおもむろにシャツの袖をめくった。

「いえ、そんな」

「フフフ、謙遜しなくていい」

「オレはただオーランドさんが教えてくれたとおりにやってるだけで」

「キミは仕事の勘がいい、感謝しているよ」

「そ、そんな……」

オレは照れ笑いを浮かべる。

そのときチラッと彼の白い腕が見え、オレは思わず唾を飲む。

「仕事で出世する人間はおおよそ勘の良い人間と素直な人間に集約される。キミはそのどちらの能力も兼ね備えているようだ」

「大げさですよ」

オレは言いながら、心臓がはやく鼓動するのを感じた。

血が欲しい。

血が欲しい。

オーランドさんの血が欲しい。

欲しい、欲しい、欲しい、くれ、くれ、くれ、くれ、くれ!

体中の全細胞がそう訴えている。

イケない……。

オレはとっさに胸に手をやった。

自分が今、冷静さを欠いていることに気づく。

床にしゃがんだまま、オレはグッと奥歯を噛んでこらえた。

落ち着け。

もう少しだ。

だが。

「はぁはぁ」

このままだと自分の腕を噛んでしまいそうな衝動に襲われる。

オレは意識が朦朧としていた。

「――うぅっぅぅ」

ついに獣のように呻き、オレはハッとする。

「す、すみません……」

オレはすぐに謝った。

「はやくボクの血を飲みたいかい?」

オーランドさんがいたずらっぽく笑う。

だが、オレは否定しなかった。

答えはイエス。

もちろんだ。

今すぐあなたの血を吸いたい。

鍛え抜かれた彼の腕、そこに脈々と浮かぶ血管を見ると、オレは自分の眼が爛々と光るのを感じた。

今すぐ走り出しそうな衝動が背筋を駆け巡る。

彼を押し倒し、首でも腕でも噛みついてしまいたい。

「うぅぅぅぅ――」

そのとき、オレの脳裏に、とある女子生徒の姿が浮かんだ。

教室の地べたにへたり込む、血まみれの同級生。

いくら後悔しても決して消えない深い罪――。

オレは渇きと後悔の狭間で発狂しそうになった。

うぅ……落ち着け、落ち着け。

くそ、でも、ガマンできないんだ。

いったい、オレにどうしろっていうんだよ。

くそ、くそ、くそっ! 

血が、血が欲しいっ!

うぅぅぅぅぅぅぅアアアアアアアア――ゴクッ。

「そろそろいいだろう」

そのときオーランドさんが白い歯を見せこっちへ歩いてきた。

手には果物ナイフと銀食器。

袖をまくった右腕をオレに見せ、

「さあ、これは報酬だ」

オーランドさんが果物ナイフでさっと自分の腕をカットした。

白い腕に血が滲む。

ブラッドオレンジのような滴が落ちる。

ポタっ、ポタポタポタポタポタ――と。

たちまち銀食器に彼の血が溜まった。

こんな関係になってもう一年。

霊感があるオーランドさんにオレはヴァンパイアであることを見抜かれた。

偶然街で声をかけられ、交換条件とともに、オレが血を欲したときに彼は自分の血液を分け与えてくれる。

オレはさっきアルバイト先で結衣さんに襲い掛かるところだった。

あぶなかった。

血を欲したらボクのところへおいで、代わりにボクの仕事を手伝ってくれればいい、そう彼がいってくれたから理性を保てている。

こうして欲望をコントロールできているのもオーランドさんがいてくれるから。

オーランドさんと出会ってなければ、オレはとっくに怪物になっていただろう。

あの日あの放課後の教室でオレが犯した罪。

衝動を抑えきれず同級生の血を飲んだ過ち。

被害に遭った彼女は事件のことを隠してくれている。

というか、二年生になってからは休学してしまっていた。

ごめん……ホントに……工藤さん。

オレは心の底から後悔していた。

だからこそ、もう二度と繰り返すわけにはいかない。

「バイト先で衝動を抑えられたようだね。どうやら訓練の成果が出てきたようだ」

オーランドさんが銀食器をオレの口もとに近づける。

ゴクッ。

今すぐ銀食器に飛びつきたい。

だが、オレは彼に教わったよう意識的に深呼吸をした。

大きく息を吸い、肺に空気がしっかり入るのを感じる。

そして。

「はァァァ」

息をゆっくり吐き出す。

「そうだ。それでいい。忘れてはいけないよ、キミは猛獣と人類の狭間にいるとても微妙で危険な水域内に生息している珍妙な生命体なんだ」

オーランドさんの口元は笑っているが、視線は鋭い。

「衝動は抑えなくていい。だが、それに意識を完全に乗っ取られてはならない。そこに意志を持ち込む習慣さえつければ、キミは今後も友好的な人類として生きいけるよ」

「……は、はい……うぅぅぅぅ」

「フフフ、イジワルをして悪かったね」

「い、イジワルなんて……全部オレのためで……そ、そんなこと思ってません」

また意識が朦朧としてきた。

呂律が回らない。

彼の血の匂いのせいだ。

目の前の魅惑的な血だまり。

芳醇な香りが脳を揺さぶる。

飲みたい。

飲みたい。

飲みたい!

「エクセレント」

オーランドさんが銀食器を手渡した。

「さあ罪の気持ちなど感じず思う存分飲むといい」

オーランドさんがいった瞬間、オレは迷うことなく銀食器に食らいついた。
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