やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
7章
終業式のあと。

私は体育館を出て、ひとり渡り廊下を歩いていた。

この道を通ると二年三組の教室までが近道なんだ。

でも、クラスメイトのみんなは暑いのが嫌だからか、校内をコの字に歩いて大回りしながら教室に戻っていた。

私は暑いのに慣れているし、教室までの道のりが近いほうが好きなだけ。

夏場の境内の掃き掃除って、ホント体が溶けそうになるほど暑いんだよ。

巫女って案外、体力勝負なところがあるから。

それに。

悲しいときもしんどいときも、微笑んでいなきゃだし。

わりと色々と鍛えられてるのかな、私。

みんなに怖がられて避けられるのは嫌だけど、それでもなんとかやれてるし。

「お、元気そうだね」

そのとき、私は視界の端に花壇を捉えて、渡り廊下の真ん中で立ち止まった。

校舎と校舎の間の中庭に背の高いヒマワリが咲いている。

花壇から私を見下ろす黄色い花たちはなかなかの迫力だ。

私は背中で手を組んで、ちょこっと背伸びをしてみる。

女子にしてはわりと私は背丈があるほうだけど、

「二メートルはあるのかな」

ヒマワリの花はどれもみんな遥か上空に見えた。

夏の花って元気がもらえるから好きだな。

思わず花壇に歩み寄って、首を上げる私。

偶然、燦々と輝く太陽をヒマワリの花が隠す角度になった。

なんだか日食みたい。

とっても綺麗だな。

「神宮寺さん!」

そのとき、背後から可愛らしい声で呼ばれた。

「え?」

振り返った私は、驚きで目が点になった。

そりゃ、そうだよ。

だって、私に声を掛けてくれたのは、

「あ、あ、あああ、ささささ桜坂……さん?」

学校イチのマドンナ峰子ちゃんなんだもん。

でも、なんで?

「よかったぁ、あたしのこと覚えてくれてたんだね、神宮寺さん!」

「あ、ああ、う、うん」

縦ロールの艶やかな髪を揺らし、峰子ちゃんがニッコリと微笑む。

か、可愛いな……。

なんか、これぞ女の子って感じのオーラが出てる。

小っちゃくて細くて、なんか守ってあげたくなる。

目なんかお人形さんみたいにパッチリしているし。

近くで見ると、余計に顔立ちが整って見えてドキドキしてきた。

峰子ちゃんて、モデルや芸能人に交じっても全然引けを取らない美しさだよ。

たしか今、クラスは二年一組だっけ。

一年生のときに一緒のクラスだったけど、ちゃんと話したことなんてなかったな。

そんなことを考えながら、私はソワソワしながら訊く。

「で、でで、ど、どうしたの?」

「えっとね、あたしとお友達になってくれないかなって」

ん?

んん?

今、なんて?

お、と、も、だ、ち?

私が目をぱちぱちさせていると、

「だからね、よかったらあたしとお友達になってほしいんだ。ラインとか交換してほしいなって」

「……」

これは、夢?

たしかにお友達がほしいって、私思ったよ。

お祖母ちゃんの知恵も借りて、頑張ったよ。

でも。

でも!

いきなり出来た友達が、学校イチのマドンナ?

うそだぁ。

私は脳内でお祖母ちゃんに語りかける。

これ、お祖母ちゃんがいってた、追い風ってやつなの?

――――。

だが、そんなときに限って、お祖母ちゃんの返答がない。

もぉ。

……どうしよう。

私はドキドキしながら峰子ちゃんを見つめる。

「ええと……」

「ダメかな? あたしね、じつは一年生のときからずっと神宮寺さんとお話したいなって思ってたんだ」

うわぁ――。

私、今めちゃくちゃ上目遣いされてる。

もしも私が男子なら、イチコロだよぉ。

峰子ちゃん、めちゃくちゃ可愛すぎるよ。

でも女の子って、こうじゃなきゃだよね。

峰子ちゃん見てると、すっごく勉強になるなぁ。

私はそのとき、心に決めたのだ。

峰子ちゃんを、女性としてのお手本にさせてもらおうと。

だから、私は密かに峰子ちゃんを師匠と呼ぶことにした。

「わ、わわわ、私で……いいのかな?」

私が前髪で顔を隠しながら訊くと、

「うん、神宮寺さんがいいんだよ!」

師匠が肩をすぼめてニコッとした。

キャアアア。

な、なにこれ?

私にいったいなにが起きてるの? 

今朝は陽斗くんと登校し、今は学校イチのマドンナから友達申請されちゃってる。

人の嫌がることをすれば人生は追い風になるってお祖母ちゃんはいったけど……。

その言葉の通り、みんなが嫌がるカレー当番に立候補したけど……。

峰子ちゃんと友達になれちゃうの?

ちょっと……上出来すぎないかな?

なんか怖くなってきたよ、私。

「じゃあ、ライン交換しよ」

すると、峰子ちゃんが握ったスマホを私に差し出してきた。

「わ、私でいいのぉ?」

声がひっくり返る。

でも、師匠は優しくいった。

「だから、神宮寺さんがいいんだよ」

「うん、じゃじゃじゃじゃあ、喜んで」

そうしてラインを交換すると、峰子ちゃんは無邪気に飛び跳ねて喜びを表現した。

私なんかと連絡先を交換しただけで、どうしてこんなに喜んでくれるのか、私には不思議で仕方がなかった。

でも、嬉しいな。

今日はすごく良い日だな。

私、高二まで生きて来られてツイてるよ。

今よりも過去の自分にいってあげたいな。

あともうちょっとで、高二になったら、すごくすごく良いことが起きるからねって。

小学校でも中学校でも高校に入っても、ずっと人に避けられてひとりぼっちだった。

でも。

こんな日がやって来るなんて、人生ってホントわからないものなんだね。

「ありがとう師匠――」

感極まった私が、思わずそうぼやくと、

「師匠?」

峰子ちゃんがポカンとし、

「いや、いやいやいやっ……なんでもないですぅ」

私が高速で手を振って誤魔化すと、峰子ちゃんが肩をすくめていった。

「そうだ、夏合宿のことって聞いたかな?」

「夏合宿?」

「うん。あたしのクラスと神宮寺さんのクラスと、あと二組とが夕食当番になったんだよ。二年生四クラス分のカレーを作る当番になったんだよ」

「じゃ、じゃあ……、峰子ちゃんもカレー当番なのかな」

「うん! 立候補したんだ。三組は神宮寺さんと朝野が当番なんだよね?」

「そ、そうだよ」

「朝野って、舌が子供だから」

そこで師匠はいって、ひとり何か思いを巡らすように微笑んだ。

「カレーとかハンバーグとかラーメンに目がないんだよね」

「そ、そうなんだ」

峰子ちゃんって、陽斗くんのことよく知っているのかな?

峰子ちゃんと陽斗くんって、お友達だったりするのかな?

そんなことを思っていると、峰子ちゃんが私の疑問を察したように答えてくれた。

「あたしと朝野って幼馴染なんだよね。小さいときからずっと一緒だったから、なんでも知っているんだよ」

「……」

そう、なんだ。

私は自分の胸がチクッとするのを感じていた。

なんなんだろう、この気持ち。

なんか、胸が痛い。

なんか、息苦しい。

師匠と陽斗くんが幼馴染だと知って、どうして私は、こんなにも胸がモヤモヤしているんだろう。
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