やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
9章
夜九時。

部屋のベッドでユーチューブを見ようとした私は、

「えっ」

ラインに届いたメッセージを見て思わず叫んでしまう。

キャアアア。

は、は、はっ。

「陽斗くんからの……メッセージ」

きた。

きた!

キターっ!

けど。

「ん?」

んん?

私は彼が送ってくれたメッセージを見て戸惑ってしまう。

『今朝は強引だったよね、ごめん』

そんなメッセージが届いて、私はどう反応していいのかわからなかった。

これって、喜んでいいのかな。

陽斗くんからのはじめてのメッセージ。

それはとっても嬉しいこと。

でも。

でもね。

メッセージの内容はなんだか微妙だった。

ええと。

ええと……。

私は今朝のことを必死に思い出してみる。

そう。

今朝は陽斗くんとはじめて登校したんだよね、私。

……なんか信じられないな。

今あらためて思い返しても、その出来事は夢のようにぼんやりとしている。

吹けば空に飛んで消えてしまう、まるで泡みたいに淡い出来事だった。

……ホントに私、陽斗くんと一緒に登校したんだよね。

「いや、いやいやいや」

私はベッドで正座になって頭を振る。

今こうして彼とラインをしていることが証拠じゃないか。

私は陽斗くんと学校に行って、ラインまで交換した。

だから、今がある。

これは夢じゃない。

うん、夢じゃないよ。

私、陽斗くんと二人っきりで学校に行ったんだ。

二人っきり。

二人っきり。

そう思い直すと、ようやく実感が湧いてきた。

「キャアアア」

嬉しくて嬉しくて、思わず発狂すると、

「美雨ー、怖くて叫ぶんならー、お母さんも一緒に観てあげようかー、シンゴジラー?」

下の階からお母さんの声が聞こえてきた。

あっ。

私は大変なことに気づいて口に手を当てる。

忘れてた。

そうだった。

最近配信された新しい映画、お母さんと一緒に観るって約束してたんだ。

お母さんはタブレット端末の使い方がわからないから、私がいるときに一緒に観ようねって、約束したんだったよね。

……だから、怒ってるんだ。

お母さん、怒ると語尾がのびるんだよね。

「シンゴジラー、まだ観てないよー、友達から連絡があっただけー」

私は焦ってベッドを立ち、部屋の戸口から階段に向かって声を掛けた。

するとすぐ。

「ふーん、じゃあ楽しみにしてるねー、明日ーっ」

明日……。

明日ね……。

「わ、わかったよ~」

私は答えて扉を閉め、再びベッドに寝転がる。

ええと。

えっと……。

明日は忘れずにお母さんとシンゴジラを観る。

はい、約束……。

忘れたら三ヶ月は嫌みをいわれそうだからね。

うん、気をつけよう。

「そうだ! 明日はお母さんの好きなポテトチップスも買っておこう……」

そこで、私はハッとした。

ええと……。

私、なにをしてたんだっけ。

なにげにベッドのスマホを見る。

「あっ」

陽斗くん!

陽斗くんとラインしてたんだ。

焦ってスマホを取って、私はさらに焦る。

「あちゃ……」

既読スルーしたままだ。

はやく返信しないと。

「感じ悪いよぉ……」

どうしよう。

なんか返さないと。

でも、なんてぇ?

私は頭をひねる。

文脈からして、どうやら陽斗くんは、私が怒っていると思っていそうだった。

でも、なんでだろう。

私は頭をさらにひねってみる。

ええと。

ええと……。

「ああっ」

そっか。

あのとき、私が急いで職員室に向かったから。

「だから陽斗くんは、私が迷惑がってるって……」

それ、違うんだ。

全然、違うんだ!

たしかに、みんながいる前で一緒に登校するのは恥ずかしかったよ。

でも。

でもね。

それは嬉しい恥ずかしさっていうか……。

みんなに見られているけど、嫌じゃないっていうか……。

あぁ、なんていえば伝わるんだろう。

でも、陽斗くんからしたら、勘違いしちゃうよね。

学校まで一緒に来て、急に私が消えたら、そう思うよね。

「はぁ……もぉ」

どどど、どうしようか。

なんていえばいいかな。

本当はね。

竜ちゃん先生から、みんなに配る夏合宿のプリントを朝のうちに取りに来るようにって、そういわれてたんだ。

それを思い出してつい……。

つい。

焦って行っちゃったんだよぉ。

先生に呼び出されてたのを思い出して――。

本当はそれだけだったんだ。

「でも、なんか言い訳っぽいかな」

私は頭をフル回転させて考える。

やっぱりヘンな言い訳してるように聞こえるよ。

私が陽斗くんの立場なら、そう思っちゃうよね。

急に走ってどっかに行っちゃったら、怒らせてしまったって感じちゃうよ。

ごめんね、陽斗くん。

けど。

そうじゃないんだ。

私は一分間、超がつくほど真剣に悩んだ。

うーん。

そして。

『学級委員長の仕事を思い出して職員室に行ったんだ』

私は陽斗くんにそうラインを送った。

両手を合わせて謝るスタンプと共に。

私は正直にいうしかないと思った。

でも。

でもね……。

内心はすごく不安だった。

これで、もしかしたら陽斗くんに嫌われてしまったかもしれないって。

「ああぁ」

私はベッドでなにかの小動物のように呻いていた。

神さまぁ、助けてぇ。

陽斗くんにこの気持ち、ちゃんと伝わりますように。

どうか、どうか。

「お願いしますぅ……」


                    ***


夜九時半。

オレはアルバイト先の休憩室でスマホを眺めていた。

「学級委員長の仕事を思い出して……か」

そういえば神宮寺さん、朝クラスのみんなに夏合宿のプリントを配っていたよな。

てことは、オレが朝、強引に誘ったことを怒っていたわけじゃないのか?

いや、でもな。

通学路でもないのに、いきなり朝っぱらから登場し一緒に登校しようって。

そして……カレー当番の打ち合わせをしたいからラインを交換しようって。

オレが神宮寺さんだったらどうだろうか。

やっぱり強引に思うかな。

それに――。

クラスメイトだし、断るとあとが面倒……。

そうだよな。

本当は嫌でも、仕方なく受け入れるよな。

オレはベンチで額に手を置く。

考えすぎかな?

「あぁ……」

わからない。

こうやって、神宮寺さんは職員室に行っただけっていってるじゃないか。

……いや、にしても。

いきなり走って行っちゃうか?

行かないよな……。

オレはどんどん暗くなっていく。

反省しても反省しきれない。

一緒に校門をくぐるまではよかった。

でも、その後がまずかった気がする……。

一歩学校に足を踏み入れれば、みんなが見ているんだ。

たとえクラスメイトでも、男子と女子が一緒に登校なんかしてきたら、オレだって思わず見てしまうよ。

カレー当番の立候補もそうだ。

オレはみんなの前で告白みたいな真似をして、神宮寺さんを驚かせてしまったんだ。

「それに――」

今朝、オレは彼女からいわれた言葉を思い出していた。

――みんなのことを思って……りりり、立候補してくれたんだもんね……私、陽斗くんのこと立派だなって。

オレは重たい息を吐く。

「みんなのため、か……」

みんなのため。

オレは額に手を当てる。

「あれは……みんなのためなんかじゃ……なかったんだけどな」

オレはそんなに良い奴なんかじゃないよ。

オレは、オレは、オレは――。

「おっつー、朝野くん」

そのとき、制服に着替えた結衣さんが栄養ドリンクを二本持ってやってきた。

「ほい、今日は声出しよく頑張ったから、これ、ね」

「どうもっす」

オレがドリンクを受け取ると、結衣さんが隣に座った。

「どしたの、暗い顔して」

「あ、いや……」

結衣さんが顔をのぞき込んでくる。

なんか心の奥底まで見透かされそうな眼差しだった。

なんとなく気まずくなって、オレは栄養ドリンクのキャップを開けグビッとそれを飲んだ。

だが。

「もしかして恋の悩みじゃない?」

結衣さんがいい、クスッと笑う。

「うっ……」

オレはドリンクを吐き出しそうになった。

「な、なんでわかるんですか?」

「顔に書いてある」

「顔に?」

オレはとっさに彼女から目を逸らす。

「嘘だよー」

「……なんだ」

「アハハ、やっぱり朝野くんって、身も心も素行も清いもので出来ているんだねー」

結衣さんが可笑しそうに笑いながら、自分の栄養ドリンクのキャップを開けた。

それをグビッと勢いよく飲み干すと、「ぷはーっ」と大げさにいって、チラッとこっちを見上げる。

「ビールのCMみたいだったねー、アハハ」

「……ですね」

オレは彼女の無邪気な姿を見て、一瞬ドキッとしてしまった。

……結衣さんって、ホント美人だな。

学年はひとつしか違わないのに、なんか大人の余裕があるっていうか。

オレのことなんか、きっと子供ぐらいにしか思っていないんだろうな。

「ねえ、良かったら話聞こうか?」

ええっ……。

オレは迷った。

……どうしよう。

オレはそのとき神宮寺さんからの返信を思い出していた。

――学級委員長の仕事を思い出して職員室に行ったんだ。

あれを見た結衣さんが、いったいなにをいうのか、オレは正直怖くもあったんだ。

それ、フラれてるよ、とか。

それ、気がない証拠だね、とか。

それ、なんていうか残念でした、とか――。

恋の経験が豊富そうな結衣さんにズバリといわれるのが、オレは怖かったんだ。

なんていうか、先輩のひとことで、オレの未来が決まってしまうっていうか……。

だが、オレは正直に、学校に着いた途端、神宮寺さんに逃げられたことを話した。

すると。

「ふーん、そんなことがあったんだねー」

先輩は頷きながらいう。

オレはドキドキとラインを見せた。

「きっと嫌われたんじゃないかって思うんです」

「そうかなー」

先輩は細い腕を組んでオレのスマホを見る。

「文面だけじゃわかんないと思うけどなー」

そういわれるが、オレの口からはため息が漏れた。

「あ、なんかごめんねー。余計に暗くしちゃったねー」

結衣先輩は「てへっ」といい、自分の頭を小突くような仕草をした。

「とにかく、なにか返信してみるべきだよー。今から会ってみるとか」

「えっ、今から」

「ダメ?」

「いや、それはちょっと……どうかな」

「こういうのって勢いが大事だと思うんだよねー」

先輩がガッツポーズを向けてくる。

「勢いか……うぅ」

たしかに結衣さんのいう通りかもしれない。

とりあえず。

とりあえず、なにか返信してみるか。

そう考え、オレはドキドキしながら神宮寺さんにラインを送ることにした。
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