現れたのは聖竜様と予想外の溺愛でした
事故に巻き込まれて異世界転生──というどこかで見たような筋書きで、莉亜はこのグロリア王国に召喚された。

藤棚のように揺れるシャンデリア、瞼の裏が痛くなるほどにまばゆい装飾、孔雀のように派手な装いの王族──と贅を尽くした王宮には、至る所に竜を模した彫刻や絵画が飾られている。

国の礎を築いた聖竜、なのだそうだ。

「聖竜様のご加護を受けた聖女が奇跡を成して国を救い、発展させる。それが我が国の伝統だ。しかし! 貴殿ときたら召喚されたものの加護を授かる気配もなし、挙句の果てにこの国の文字すら読めぬ体たらく!」

つらつらと伝統という名の罪状を読み上げた司祭は、そこでひと区切りしてカッと目を見開く。
ひん剥かれたどんぐり眼が零れ落ちそうで、莉亜は生理的な嫌悪感から、顔の向きを変えないまま視線を遠くに外した。
新しく焦点を結んだそこには、厳しい顔で莉亜を睨みつけている王が居て、莉亜は苦しくなるばかりだったのだが。

「かと思えば手習いなど始めおって。それが聖女のお役目になるとでも思うたか。ひとりでこそこそと薄気味の悪い!」

──薄気味悪い。
鋭利な刃物で一突きされたかのように、莉亜の呼吸が止まった。

──勝手に召喚しておいて。

口から出かかった反論が、そのひと言で無理やり飲み込まされたようで気分が悪い。
ぎゅう、とドレスの胸元を押さえつけて、静かに呼吸を整える。これとてお仕着せだ。
やれ聖女だ奇跡だと、何も知らぬ莉亜に何もかもを押しつけてきた。
この国の文字すら読めない莉亜には、伝説と言われても知る由もないのに。

蒼白になった莉亜を睨め付けた司祭は、せいせいしたといった風に音を立てて鼻息を吹くと、王の御前であったことを思い出したかのようにしおらしく肩をすぼめて、下座に束ねられたカーテンの向こうに声をかけた。

「お入りなさい」

この世界に召喚された時にも聞いた猫撫で声に、莉亜の背筋が薄ら寒くなる。
するとやはり猫のようにしなやかな足取りで、ひとりの女性が壇上に現れた。
莉亜は目を見開いた。
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