アンダー・アンダーグラウンド

「ここが最初の現場かぁ」
 第一の被害者、黄田茉莉菜(きだまりな)の生首が置かれていた場所。賽銭箱前にある三段程しか無い石段に腰を下ろし、月ノ瀬は曇天を仰いだ。
「うーん。ねぇねぇ! どんな感じだったかなぁ! どんな景色だったかなぁ!」
 月ノ瀬は視線を下ろし、目の前に立つ僕に朗らかな顔を向けて黄色い足を二度、ばたつかせた。それにつられて、鬱蒼と生い茂る周りの草花や木々が生温い風に揺られて笑った気がした。
「ここで切った訳じゃないから、ただ置いただけなんじゃない?」
「なーんかいつにも増してクール。と言うより無関心だね亜希君。割と好きそうな事件だと思ったんだけどなぁ」
 小首を傾げる月ノ瀬に僕は肩をすくめる。
 月ノ瀬の興味は今が正に最高潮だろう。今日から始まったこの放課後ミステリーツアーは、果たして僕が興味を持っている四人目と五人目の現場まで辿り着く事が出来るのだろうか。
 僕の予想だと、恐らく難しい。
 一日に一現場ではきっと全てを回りきらずに終わりを迎える事になるだろう。
 何故なら、それまでに解決してしまうからだ。
 月ノ瀬に火の粉が降り掛かる可能性は言ってしまえば、今が一番高い。だから彼女の興味は今が最高潮なのだ。本能的に感じ取っているのだろう。だが、詰めが甘い。その感覚はしばらく続くだろうが、恐らく数日中には終わってしまうだろう。もうすぐ僕が解決してしまうのだ。そして、予定通りに事件を解決してしまえば、彼女は途端に興味を無くし、どれだけ中途半端でも続きを行う事は無いだろう。
 月ノ瀬は熱しやすく、またそれ以上に冷めやすかった。
「確かこの子だけだよね? 胴体が見つかってないの」
 月ノ瀬は跳ねるように階段から立ち上がって、大きく伸びをした。
「うん。そうだね。まぁその内見つかるんじゃない?」
「うーん。でも何か見つかっても別に普通そうだよねー。最初の被害者だし」
 僕は視線を外す。月ノ瀬の言う事はもっともだった。
 このカラーネーム事件に僕が狂気を感じ始めたのは四人目から。一応、生首は別として胴体は多様な遺棄の仕方をされていたが、それまでの被害者は例えどんな刻まれ方や遺棄の仕方をされていようとも、そこから何かを感じる事は無く、月ノ瀬の言う通り「普通」だった。快楽が溢れている訳でもなく、狂気がほとばしっている訳でもなく、ただ首と胴体を真っ二つにして、何かしらの意味を作る為に生首を神社に置き、胴体は全く別の場所で、いくばくかの時間をかけて装飾した。それだけだった。
「亜希君。まだ時間平気?」
「うん。大丈夫だよ」
「よし! じゃあ二人目の現場も行ってみようよ! ここから近いし、折角来たんだからさ!」
 月ノ瀬は返事も待たずに鞄を拾って、足早に鳥居をくぐって行ってしまった。もう興味は二番目の被害者へと移ってしまったみたいだ。この一番目の被害は直感で大した事件じゃないと気付いたんだろう。
 ここに自分を満足させるような狂気的で猟奇的な背景はないと踏むや、さっさと次へ行ってしまう。しかし、そこに根拠がある訳でもなく、論理的な思考を働かせている訳でもない。ただ、自分の思ったまま誘われるまま動いているだけなのだ。
 野性、天性、そんな言葉では形容しがたい月ノ瀬の類い稀な本能が時々、羨ましくなる。
 本当に大した才能だ。今回に限って言えば本当に羨ましい。
 詰めの甘くない僕にそれがあれば、きっと……何て今更言っても、手遅れには変わりないんだけど。
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