私と彼の溺愛練習帳
 最近一段と寒いですね、と美和は言った。
「私、田舎の出身なんですけどね。水たまりの氷を踏んで割るのが大好きでした。でもこっちだとぜんぜん見かけないんですよね」
「出勤時間には溶けてるでしょ」
「それもありますけどね。もう大人だし、踏みに行くのばれると恥ずかしいから、自然な感じを心がけて割るんですよ」
「そこまでして」
 雪音は苦笑した。

「自分の行動で変化するのが楽しかったんだろうなあって思うんですよ。で、それを引きずってるんです」
 美和はしたり顔でそう言った。
「そういうものかな」
「子供の頃は加減なく踏むから、たまに下の水がべしゃっとかかるんですけど、自分がやったことの結果だから、納得感はありましたね」
 お客様が来て、話はそこで終わった。



 いつも通りに仕事をして、いつも通りに店を出た。
 空気は相変わらず氷のようで、すぐに頬も耳も冷えた。
 駅前はまだイルミネーションが輝いていた。いつまでやってるんだろ、と思いながら歩いた。

「小萩雪音さん」
 呼びかけられ、振り向く。
 高そうなスーツを着た上品な白人男性がいた。砂色の髪には白髪が混じり、瞳は青灰色をしていた。

「お話しがあります」
 雪音は戸惑う。
「どちら様ですか」
「このような場所ではお話しいたしかねます。こちらへ」
 男性が手を伸ばした先には、黒い車が停まっていた。

 中には金髪の女性がいた。
 どきっとした。あのときの女性だ、とすぐに気がついた。閃理に抱き着いていた、あの人。
 女性は冷たい目で雪音を見た。
「私は話すことはありません」
 雪音は走り出した。
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