さまよう綸

第1話

「お疲れ様でした」

 この会社の定時は5時30分だが、派遣社員の私、駒村綸(こまむらいと)の契約時間は5時まで。しかも今日がここでの勤務は最終日だ。まだ忙しそうな社員一同にいつも通りの挨拶で記憶にも残らない派遣社員は消えるとしよう。3ヶ月ごとのルーティーンだ。

「綸」

 会社を出たところで呼び止められる。

「本当に…もう会えないのか?」
「ええ、3ヶ月前に言った通り。もう連絡しないでよ。じゃあ」

 これもルーティーンのうちだ。3ヶ月で派遣先を変え、その都度男も変わる。変わると言っても元々付き合ってはいない…誰とも付き合いなんてしない。ただ互いの都合よく抱き合って終わり…それで十分だ。

 いつものように大好きなマサムネの歌声を聞きながら帰ろう。

♪~~♪

 耳から聞こえる彼の声に1日の疲れを癒され浄化される。

 次の派遣先の仕事始めは1週間後。その間キャバクラでバイトするのもいつもの事。時には派遣先に行きながら、頼まれて夜はキャバ嬢ってこともある。ママには私の都合良くバイトさせてもらっているし、他の嬢やスタッフさんも好い人ばかりだから人員が足りない時には少し無理してでもヘルプで入る。

 こうして私は派遣社員として3ヶ月で職場と男を変えつつ、キャバクラでのアルバイトとで生活費を稼ぎなんとか生きている…もう何年も。

 新しい派遣先は某アパレルブランドの百貨店紳士服売り場で販売員としての仕事だ。以前も百貨店販売員はやったことがあるが紳士服は今回が初めてだった。しかしスーツのお直し等、一人で承れるようになった頃にはあと1週間で契約終了という感じだ。せっかく仕事を教えたのに…という空気を店長からひしひしと感じるが知ったこっちゃない。契約は契約。

 仕事を終え、今日もイヤホンからの声に疲れを癒されながらこの2ヶ月半、数回通うシティホテルへ向かう。

♪~~♪

 少し前を歩くスーツ姿の男がすっと左に消えた。私も同じ場所で左に吸い込まれたところにはエレベーターだ。

「お疲れ様、綸。1週間ぶりか?」
「橋本マネージャーお疲れ様です…1週間かな…」

 彼は私と手を繋いでエレベーターを降り慣れた手つきで部屋を開けると、扉を後ろ手で閉め私を後ろから抱きしめ耳を噛りながら聞く。

「シャワーする?」
「もちろん」
「一緒にいい?」
「嫌って言っても入ってくるくせに」

 彼は(やかた)の社員で紳士服売り場のフロアマネージャーだ。そしてこの3ヶ月間だけの、デートもしなければ食事もしない、体を重ねるだけの男だ。
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