さまよう綸

第5話

 タクシーを捕まえ最寄り駅でなく東京駅まで行く。早く人混みに紛れないといけない。バッグから出した帽子を被ってタクシーを降りる。コートは洋食店の椅子へ置いて来たのでパッとカメラに写ってもわからないだろう。駅のトイレでハサミを取り出し胸まである髪を鎖骨辺りで切り、スカートをパンツに履き替えトイレを出ると、海を目指し電車に揺られた。

 車窓から景色を眺め考える。結局誰にも理解してもらえないだろうな。一人で生まれ一人で死にゆく私の思いは…

 私は7月6日生まれらしい‘7月6日生まれ·綸’というメモと一緒にバスタオルに包まれ施設前に捨てられていた。

 施設の事、親がいない事でいろいろ言われるだけじゃないんだ。一人戸籍の人間がどれだけ生きにくいか皆にはわからない。何かにつけて保証人と言われると本当に困ってしまう。辛いことばかりで楽しい事なんて今この瞬間も何一つ思い出せない。約10年、目標通り頑張ったよ…私。

 東京駅から此処で下車するまでに何回か電車を降り持ち物は全て棄てた。スマホや身元のわかるものは会社のデスクにおいたままだ。身も心も軽く駅から海を目指して歩く。何も持っていないのでマサムネの歌が聞けないのが悲しいな…そう思っているうちに誰もいない海にたどり着いた。

 浜辺に座り日が沈むのを静かに待つ。生まれた時から一人の私にピッタリのシチュエーションだと一人微笑む。3月の海辺はコート無しでは寒い。暗くなり、骨まで冷えて来たのを感じ準備が出来たと思うことにしよう。

 さよならと言う相手が一人もいないな…そう思いながら暗く底の見えない海へ躊躇いなく進む。頭まで波をかぶった瞬間、何故か正宗の顔が思い浮かび、さよなら…逃げ切ったと思いながら沈んだ。



 …ここ真っ白だ…天国?地獄?…まだ途中かな…

 …今ぴくっと動いたみたい…気がついた?
 
 声?ぐらっ…え?揺らされた?ぴくっとって…気がついたって私…?死ねなかった?…重い瞼をそっと開こうとしては閉じ、また少し開きを繰り返しやっと目を開けると左右から男女が私の顔をじっと見つめていた。

「あぁ起きた、良かった」
「飲み物持ってくる」

 男性は出て行ったようで女性が私に話掛ける。

「丸1日経っても目覚めないから心配したわ、良かった…事情はわからないけど…さっきの私の息子なんだけどね、息子があなたを助けたの」
「…」
「どこか具合悪い?ちょっと体を起こしてみましょうか?私が着替えさせた感じ怪我はなかったんだけど」

 まだ心配そうに話す彼女は私の背中に腕を回し起き上がるのを手伝ってくれた。そこへ彼女の息子が戻り

「とりあえず白湯ね。ゆっくり飲んで」

 私に大きい湯飲みを手渡すと、そのまま片手は湯飲みを持つ私の手を支えた。手のひらから伝わる温かい温度に誘われそっと口をつけてみると、自分の唇がとても乾いていたことに気づく。コクンと飲み込むと少し喉が痛み眉をひそめた。
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