さまよう綸

side Masamune

 本家に行ったあと綸はアパートを解約すると言った。それならすぐ一緒にと思ったがあいにく組の予定が詰まっていた。会社の仕事の方なら融通が利くが組の予定は動かせない。必要な物を確認して持ち帰るか送るように伝え、綸を伊東と小笹に任せて本家での小さな会合へ向かった。午後1時から小規模な傘下のいくつかと会合予定だ。

 親父と潤たち親子と俺の5人で今日参加する組の状況確認中、俺のスマホが鳴る。伊東…

「構わない、出ろ。伊東は綸ちゃんと一緒だろ?」

 親父に言われ仕事中だが出ると、綸が部屋の真ん中で泣いていて声を掛けても聞こえないようだ。抱き抱えて強制的に帰るべきか判断に困って連絡した、ということだった。時計を見て時間を計算する。迎えに行って本家に1時…間に合うことは間に合うか…すぐ行くと伝え、仕事の続きは車中から親父たちとオンラインにする。

 蒸し暑いアパートの部屋で、彼女は静かに涙を流し続けていた。声を掛けても聞こえないと伊東は言ったが俺の声にはすぐに反応がありホッとする。しかしぼぉーっとした様子に急ぎ必要な物だけ確認するが

「…ない…ここは空っぽだった…」

 彼女の返事は胸を締め付けるものだった。長年ここが彼女の普通だったのが、空っぽと感じるくらいには心が動いたと思いたい。そのまま意識を手放した綸を急いで本家の泉先生に頼み、俺たちも水だけ飲むと汗だくのシャツを着替え会合の席についた。

 小規模な組は高須が直接管理するのではなく、例えば国府のような高須直属の組が管理している。その管理に問題がないかこちらが上から見るだけでなく小さい組から年1回、直接高須が話を聞く。今日参加の組からは特に不平不満があるわけでなく終了し、すぐ綸の様子を見に本家の俺の部屋へ向かうと途中、食堂から何人かの声と、…好きですと綸の声がした。

「何が好きって?綸」

 何か食う元気があって良かったと思うと俺も空腹を感じる。すぐに綸は自分を迎えに来たから俺の食事時間がなかったと察し気を使う。そして食後には潤と駿のことも気遣いおにぎりを作ると言った。自分のことにも関心がなく、人の事はもちろん文字通り他人事だった綸が日々成長している。自分に関してはまだまだだが、周りへの反応は変わってきた。俺と潤たちが同じ扱いでがっかりすることもあるが長年固めてきたものを急激に緩めるのは難しいのだろう。

 おにぎりを作っても潤たちの仕事の邪魔にならないか気遣う彼女に大丈夫だと伝え部屋へ案内する。彼らは今日の会合のまとめを畠山さんとしているので、おにぎりがあって喜ばれても邪魔にはならない。

 部屋の扉を綸に示した時

「いた~正宗~」

 と男に媚びるような声で呼ばれた。宮本フウカ、今日来ていた組の中の娘でアメリカの大学に行っていたのが何故高須本家にいる?先ほど会った父親から娘の話は一言も出てない…考えるうちに、綸の事を噂に聞きわかっていながらフウカが‘お手伝いさん?’とわざと聞いたのは耳に入っていなかった。
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